コラム No. 79

多様性のマネージメント あるセミナーで、Webサイト(業務アプリケーション)開発の一番の問題は、技術ではなく組織的な部分だという話を聞いた。但し、Web的なデザイナとエンジニアという二極ではなく、クライアント/サーバ(C/S)システム的なクライアントエンジニアとサーバエンジニアという二極での話。とにかくその二極の人間達では、物事の考え方も、話す言葉も違う。なので、円滑なプロジェクト進行をすることが難しい、面倒だ、と。 その講演者の結論は、ならば一極集中型にすればよいというものだった。クライアント(基本的にPC)側の殆どの機能に、サーバエンジニアが理解でき記述できる技術(基本的にはJava)を使えば良い。そうすると、組織としてはサーバ側のチームだけで開発が進められる。つまりはチームとしてのまとまりが良くなり、問題が起こっても直ぐに対応できる。それがハッピーだ、と。 例えばFlashが良い例かもしれない。Flashがシステムインテグレータ(SIer)に浸透しないのは、同じ考え方に根ざしている。Flash/ActionScriptはSIerの標準的な開発工程管理手法との接点がまだ見えていない。タイムラインの概念も憶えなければならないし、そもそもが「体験を開発する」というコンセプトが馴染まないのである。技術的な問題以上に、人的或いは文化的な問題の方で敬遠されているように見える。Flashアプリケーションは、SIerにとって異文化/異民族なのだ。 単一民族的な組織で開発を進められることは、マネージメント的に考えると理想的な状況なのだと思う。仕事だけを見つめれば良い。仕様を担当者に割り振り、その一つ一つのタスクを管理していけば良い。担当者の個性や出自を考えるのは、最初の担当割振りの時だけで、その後はタスクの進捗度だけを見つめればよい。同じ言語文化を共有しているから話の通りも良い。生産性比較もし易いし、報告もしやすい。 ■ しかし、その話を聞きながら、何かしっくりしない感覚が残る。Webサイト開発の歴史を思い出しながら、同じ技術的基盤を共有した者だけで作ってきたものが本当に良いサイト(Webアプリケーション)だったのだろうか。デザイナだけで作られたもの、エンジニアだけで作られたもの、クライアント(顧客)の発想だけで作られたもの、開発企業の発想だけで作られたもの。数少ない例外的「傑作」を除いて、歴史に名を残していない気がしてならない。 私にとって、Webは自分と違う「文化」に接する出入り口だった。それが「デザイン手法」であったり、「Java」であったり「育児」であったりする。自己流と異なる、見事な「技」に触れたとき、その通路であるWebに感謝し、のめりこんでいった。 自己流が全てではない、という「気付き」。もっと優れた道は必ずある、という発想の原点。Webは、それらを私が自惚れる度に示してくれる。自分とは異なる価値観に触れる楽しさを思い出させてくれる。 そう言った「場」を開発するチームが、単一民族で可能なのだろうか。ユーザビリティをカヴァーすることが、本当に同種の人間達だけで実現できるのか。今までのデザイナとエンジニアの確執を見てきている者にとって、それは「おとぎ話」に聞こえる。 ■ 技術は発想力をジャンプさせるものにもなるけれど、制限するものにもなる。Photoshopのように、今までシミュレーションできなかった画像処理を目の前で即座に試せるようになったときには、出来上がる作品が階段を一段上がったように感じる。しかし、皆が同じツールを使い始め、生産効率性云々と言い出すと、そのツールで出来ることをやろうと頭の中でブレーキが働く。 クライアント側でもサーバ側でも、偏った一部のグループが開発を進めると、どちらかというと後者のブレーキ現象の方が強く現れるのではないだろうか。単一の技術を中心に開発が進められると、評価軸がシンプルなので、どうしても開発生産性競争になりやすい。それは出来ることを出来るだけ早く、である。 Webはデータのやり取りだけをするアプリケーションではない。使う人を誘導する機能があってこそ活かされるものである。その「誘導」を、ナビゲーションといったり体験と呼んだりするのだが、それは本来、誘導される「人間」を理解していないと設計できるはずがない。技術者は時々忘れてしまうけれど、JavaよりもPhotoshopよりも、人間の方が奥が深い。そして、その深さは多様性があるが故だろう。 例えば、赤ん坊の「重み」は、一般の若い会社員男性には余り想像出来きない。生まれた時の 3Kg前後の重さが、親にとってどれほどの重みであるのか。大きくなる毎日でお母さんの腕にどれほどの負荷と喜びをかけているのか。そんなことが理解できるのは、実際に親になるなり、親戚の子供を抱いたり、それを喜ぶ友人に触れたり、今までにない経験や価値観に触れることを通してだ。 そして、そんな人達に響くWebサイトを作るには、そんな想いを知っていなければ設計できるはずがない。その知るべき知識の中で、サーバ技術等の占める割合は実はあまり大きくない。色んな人が居て、色んな感情がある、というのが最初の一歩だし、そうした異文化を自分の従来の価値観と整合性を取って行く舵取りが越えるべき壁だろう。そこを取り違えると、オシキセの嫌味な使われないシステムを作ることになる。 ■ 最近、もう一度Webのことを考え直そうとしている。その中で感じていることは、やはりWebは「新しい分野」なのだということ。従来のどこにもなかったシステムやメディアの一つなんだろうと改めて感じている。 そして、新しいモノを古い評価軸の中でマネージメントしようとしているんじゃないかという疑問。C/Sシステムでは、同じ釜の飯を食った単一民族で開発するのが最良だったかもしれないし、それがマネージメントの要だったのかもしれない。でもWebは多民族(様々な技術背景を持った開発者)で作るべきかもしれないし、それが多様性を容認する基盤かもしれない。そして、その多民族を一つのゴールに向かわせるのがWeb的マネージメントなのかもしれない。…

Continue Reading

コラム No. 78

イントラネット Webに惹かれていると公言して数年経つが、実を言うと個人的に一番好きなのは「イントラネット(イントラ)」の世界だ。世界中の様々な趣味や意見に触れることは、勿論楽しい。しかし、それらは自分の生活に直結はしていない。イントラが賢く鋭くなると、私の仕事は円滑になり、ストレスが減る分生活も潤う。 今は、Ridualの開発が実は主業務であるのだが、たとえそれに専念できているとしても、会社で働く以上何かしらの間接業務が発生する。それは、交通費申請であったり、勤怠管理だったり、そうした日常の細々した情報操作だ。開発業務や研究活動だけして、給料がもらえるような会社は多分ないだろう。 ■ 私は転職組で、複数の組織のカラーと仕組みを見てきている。年俸アップだけを見つめて移っていった訳でもないし、昭和初期生まれの父の世代からは、転職すること自体に眉をひそめられた。転職するたびに、「モラル」や「忠誠心」や、そもそも「会社って何?」等を考える機会を持ってきた。 「親方日の丸」や「よらば大樹」的な考え方が、儒教的な色彩も持って浸透しているのが従来型の「会社勤め」だったと思う。それに対して、私の世代の前後からは、「会社」を想う精神的な「量」が減ってきているのかもしれない。会社員生活だけが自分の生活の全てではないことを自覚していたし、会社も私の一生の面倒を見るほど人情味に溢れた場所でもなくなって来たからだ。 そんな状況の中で、自分を特定の会社に結びつけるものは何か。この問いの答えを未だ完全には見つけていないが、私にとってはイントラと関係がありそうだ。イントラの良し悪しが、「会社で居心地が良いか」と直結していると思えるからである。 ■ 今後もしも転職することになっても、私がやれることはWebに関係する業務しか事実上ありえない。他には能がない。この分野での自分からのアウトプットは自分を律するしかなく、自分自身でコントロールできるところだ。優れた人達から感化されることは多々あるけれど、誰かに依存する部分は少ない。 だとしたら、それに如何に集中できる環境であるかが、会社選びの要となる。それは私にとっては、申請処理などの日々の細々とした作業を如何に簡潔に行えるか、社内の情報共有がどれほどスムーズかにかかっている。福利厚生と同じくらいに、社内システムのIT化の度合は気になる。 複数の会社のシステムを実際に触り、時にはコンサル的な立場でクライアントのシステムを見せてもらったりもする。余り事例的に多くを見ているとは言えないだろうが、素晴らしいイントラのシステムに出会うことは極めて稀である。現場が悩むだろうとか、情報共有が進まないだろうなぁと容易に予想できるシステムがゴロゴロしている。 Webデザインが単なるグラフィックデザインではないと気が付いてから、インフォメーションアーキテクト(IA)の分野の仕事の比率は否が応でも増加する。そうした情報整理の目でイントラを見回すと、そこには広大なマーケットが存在していると感じている。更に魅力的に感じるのは、改善されると喜ぶ人達を身近に感じることが出来る領域だということだ。不特定多数への貢献も楽しいけれど、特定多数も捨てがたい。 ■ しかし、どうもイントラには、「釣った魚には餌をやるな」という風潮が、広がっているようだ。社内の情報システムへの投資を積極的に行なっているという話は余り聞かない。たまに雑誌で美談的に扱われているのを見ると、そうした風潮を逆説的に証明しているようにさえ感じる。 そうした美談の成功秘訣は、基本的には現場の声にどこまで従っているか、だ。偉そうな情報システム部門が「下」の者に作り与えるという形式での成功話は殆ど聞かなくなった。現場重視。その証拠に「パートのオバチャンが使い込めるかが、鍵でした」のような見出しが目に付く。 「上」の者が理屈で考えた理想論システムではなく、「現場」の声を重視した設計。理屈の上での効率化ではなく、現場のポテンシャルを現場自らが引き出せる効率化の路線。しかし、これこそがWebの特にB2Cの分野で繰り返し示されてきた教訓だ。とにかく現場(ユーザ)に聞け。 ■ Rich Internet Application(RIA)の芽が出始めたとき、多くの雑誌で特集されたのは、「クライアントサーバ(C/S)システムからWeb(HTML)システムにしたのは間違いだった、現場の効率が悪すぎる。RIAへの期待は高まるばかり」という結論だった。…

Continue Reading

コラム No. 77

Web開発の今後 Webデザイナという職種の地位を最近考える。バブル後半から崩壊期あたりに少しもてはやされた記憶があるが、それ以降余り脚光を浴びないものになって来ているような気がする。 その代わりに、扱う業務が増えている。Webデザインをやっていると言うために知っておくべき知識が増え続けている。しかもプロであると自覚する者ほど、高い壁に囲まれる。ユーザインターフェース(UI)デザインから、サーバサイド、データベース、セキュリティから法制度に至るまで、情報を扱うために知っておくべき全てのことを知っていると期待される。 ある意味で、「デザイン」が「グラフィックデザイン」から本来の「設計」を意味する言葉に変化してきていると言えるのかもしれない。多くのプロのWebデザイナが、その変化に追従し追い越そうとして多くの時間をかけている。 しかし、まだこの現状を理解している人がクライアントサイドには少ないのかもしれない。Webサイトの構築を頼まれてから、それに着手するまでに説明しなければならない事柄が減らない。まだまだWebサイトを構築すると言うことの意味が浸透していない。 ■ 誰もがこぞってWebサイトを作り始めた時、それは紙の会社案内をデジタル化しただけが主流だった。全世界に開かれた玄関を作りましょうという合言葉に、扇動された時代。けれど、ただ単に皆と同じに玄関を作っただけのところは、Webという海に埋没して行った。その玄関に、より先進的な「使い方」を付加したところだけが歴史に名を刻んだ。 次に、使い方にバリエーションが生まれてくる。情報提供だけではなく、Webアプリケーションとしての動き。商品の品揃えで勝負する方向性や、既存ブランド名を冠した大規模化の流れ。既存の市場を押さえ込む手法が至るところで適応された。大企業が、プライドにかけてWebに投資した。 しかし、結果は思ったようには付いて来なかった。Webは今までのコマーシャル界の常識では計れない魔物が住んでいる。それはTVのように受身で情報を受け取るしか道がない訳ではないという点だ。どんな有名な企業がサイトを作っても、ユーザは見向きもしないということが常識的に起こった。 更に、まだまだ回線の細さの影響を、サイト開発側が見積もれていなかった点も大きかった。どんなゴージャスな絵を配置しても、単なる絵を見るために数分間待ってくれるユーザはまだ育っていなかった。 そうこうしている内に、バブルがハジケて、思ったほどの効果の上がらないWebサイトは収束ラインに乗せられる。多くの投資をかけても効果の上がらなかったサイトが、予算削減の中で効果を高められるはずもなく、殆ど注目もされないまま、閉店通知メールが行きかった。 多くの既存有名大企業が手がけたWebサイトが閉鎖に追い込まれる中で、新興企業はユーザの動向を学び、素早く動き、改良に改良を重ねて地盤を固めていった。そして、2004年。この日本で、ネット系の野球のオーナー企業が誕生した。ネットがビジネスにならないと撤退した大企業はどんな想いで、このニュースに触れたのだろう。 余り報道も検証もされないが、撤退した企業やサイトには、何かが足りなかったのだ。新興企業が発展できるだけの土壌があったにも拘わらず、既存大企業が投資を繰り返したにも拘わらず、大手が敗退した。それは、先見性と投資に関わる分野であり、真の意味での「デザイン」と無関係ではない。どんな機能を実装すべきで、どこに投資すべきかを語るのがデザインなのだから。 ■ 多くのネット系企業が大きくなっているものの、取り残された分野がある。Webデザイナ業界。先述の多くの技術が必要な分野でありながら、頭の使い方次第では野球チームのオーナーになるポテンシャルを持つにも拘らず、予算が付かない分野。「Webをデザインする力」が正当な評価を受けていない。 Webデザインをやっています、と言っても通じない場合がまだ多い。ホームページを作ってます、と簡単な揶揄で説明すると、「ウチの娘もこの前作りましたよ」とか言われる。オリンピックレベルから、幼稚園生のカケッコまでが一つの言葉で語られる奇妙な世界がここにある。 「デザイン」をグラフィックデザインと同一視し、非論理的だという先入観だけで卑下する人達も未だ多い。特にエンジニアの中に多い。データベースからデータを抜き差しするだけでは、ユーザは魅力を感じてくれないことに未だ気が付かない。デザイナがデータを「使われる情報」の形まで昇華していることに目を向けない。使われる情報を設計するよりも、Javaを使える事が偉いと未だ思っている。ユーザは何で作られているのかなんて誰も見ていないのに。 開発という大きな仕事をした人達を扱うメディアにも問題を感じる。これほど多くの先人が自分のスキルを披露している分野があるだろうか。なのに情報提供した人が報われない。一度、寝ないで仕上げたサイトのノウハウを、雑誌の一特集の一部分として扱われた。挨拶もなく、正直食い物にされたと感じ不愉快だった。努力した人に敬意を払わずに、自誌の売上げだけを目指す。業界を育てる気が無いのかと疑った。 Webデザイナの仕事の何たるかを説明しないまま進んできたおかげで、Web屋はギリギリの予算で良いモノを提供させられている。知識のランクを示す言葉も存在しないし、何をデザインしているかも理解されない。アイデアもテクニックも自動販売機のように大量に引き出されて当然と思われている。多くの場面でディレクタ的存在が求められているにも拘わらず、メディアと学校から初心者だけが大量生産されている。予算の付かない現場は教育部門としては機能できない。それらが悪循環して、更なる低予算長時間労働で業界が疲弊している。 ■…

Continue Reading