kimi-chikai.jp https://kimi-chikai.jp Wed, 26 Jan 2005 04:26:39 +0000 en-US hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.3.3 https://kimi-chikai.jp/wp-content/uploads/2019/03/cropped-er-1-1-1-32x32.png kimi-chikai.jp https://kimi-chikai.jp 32 32 コラム No. 79 https://kimi-chikai.jp/column-79/ Wed, 26 Jan 2005 04:26:39 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=112 多様性のマネージメント あるセミナーで、Webサイト(業務アプリケーション)開発の一番の問題は、技術ではなく組織的な部分だという話を聞いた。但し、Web的なデザイナとエンジニアという二極ではなく、クライアント/サーバ(C/S)システム的なクライアントエンジニアとサーバエンジニアという二極での話。とにかくその二極の人間達では、物事の考え方も、話す言葉も違う。なので、円滑なプロジェクト進行をすることが難しい、面倒だ、と。 その講演者の結論は、ならば一極集中型にすればよいというものだった。クライアント(基本的にPC)側の殆どの機能に、サーバエンジニアが理解でき記述できる技術(基本的にはJava)を使えば良い。そうすると、組織としてはサーバ側のチームだけで開発が進められる。つまりはチームとしてのまとまりが良くなり、問題が起こっても直ぐに対応できる。それがハッピーだ、と。 例えばFlashが良い例かもしれない。Flashがシステムインテグレータ(SIer)に浸透しないのは、同じ考え方に根ざしている。Flash/ActionScriptはSIerの標準的な開発工程管理手法との接点がまだ見えていない。タイムラインの概念も憶えなければならないし、そもそもが「体験を開発する」というコンセプトが馴染まないのである。技術的な問題以上に、人的或いは文化的な問題の方で敬遠されているように見える。Flashアプリケーションは、SIerにとって異文化/異民族なのだ。 単一民族的な組織で開発を進められることは、マネージメント的に考えると理想的な状況なのだと思う。仕事だけを見つめれば良い。仕様を担当者に割り振り、その一つ一つのタスクを管理していけば良い。担当者の個性や出自を考えるのは、最初の担当割振りの時だけで、その後はタスクの進捗度だけを見つめればよい。同じ言語文化を共有しているから話の通りも良い。生産性比較もし易いし、報告もしやすい。 ■ しかし、その話を聞きながら、何かしっくりしない感覚が残る。Webサイト開発の歴史を思い出しながら、同じ技術的基盤を共有した者だけで作ってきたものが本当に良いサイト(Webアプリケーション)だったのだろうか。デザイナだけで作られたもの、エンジニアだけで作られたもの、クライアント(顧客)の発想だけで作られたもの、開発企業の発想だけで作られたもの。数少ない例外的「傑作」を除いて、歴史に名を残していない気がしてならない。 私にとって、Webは自分と違う「文化」に接する出入り口だった。それが「デザイン手法」であったり、「Java」であったり「育児」であったりする。自己流と異なる、見事な「技」に触れたとき、その通路であるWebに感謝し、のめりこんでいった。 自己流が全てではない、という「気付き」。もっと優れた道は必ずある、という発想の原点。Webは、それらを私が自惚れる度に示してくれる。自分とは異なる価値観に触れる楽しさを思い出させてくれる。 そう言った「場」を開発するチームが、単一民族で可能なのだろうか。ユーザビリティをカヴァーすることが、本当に同種の人間達だけで実現できるのか。今までのデザイナとエンジニアの確執を見てきている者にとって、それは「おとぎ話」に聞こえる。 ■ 技術は発想力をジャンプさせるものにもなるけれど、制限するものにもなる。Photoshopのように、今までシミュレーションできなかった画像処理を目の前で即座に試せるようになったときには、出来上がる作品が階段を一段上がったように感じる。しかし、皆が同じツールを使い始め、生産効率性云々と言い出すと、そのツールで出来ることをやろうと頭の中でブレーキが働く。 クライアント側でもサーバ側でも、偏った一部のグループが開発を進めると、どちらかというと後者のブレーキ現象の方が強く現れるのではないだろうか。単一の技術を中心に開発が進められると、評価軸がシンプルなので、どうしても開発生産性競争になりやすい。それは出来ることを出来るだけ早く、である。 Webはデータのやり取りだけをするアプリケーションではない。使う人を誘導する機能があってこそ活かされるものである。その「誘導」を、ナビゲーションといったり体験と呼んだりするのだが、それは本来、誘導される「人間」を理解していないと設計できるはずがない。技術者は時々忘れてしまうけれど、JavaよりもPhotoshopよりも、人間の方が奥が深い。そして、その深さは多様性があるが故だろう。 例えば、赤ん坊の「重み」は、一般の若い会社員男性には余り想像出来きない。生まれた時の 3Kg前後の重さが、親にとってどれほどの重みであるのか。大きくなる毎日でお母さんの腕にどれほどの負荷と喜びをかけているのか。そんなことが理解できるのは、実際に親になるなり、親戚の子供を抱いたり、それを喜ぶ友人に触れたり、今までにない経験や価値観に触れることを通してだ。 そして、そんな人達に響くWebサイトを作るには、そんな想いを知っていなければ設計できるはずがない。その知るべき知識の中で、サーバ技術等の占める割合は実はあまり大きくない。色んな人が居て、色んな感情がある、というのが最初の一歩だし、そうした異文化を自分の従来の価値観と整合性を取って行く舵取りが越えるべき壁だろう。そこを取り違えると、オシキセの嫌味な使われないシステムを作ることになる。 ■ 最近、もう一度Webのことを考え直そうとしている。その中で感じていることは、やはりWebは「新しい分野」なのだということ。従来のどこにもなかったシステムやメディアの一つなんだろうと改めて感じている。 そして、新しいモノを古い評価軸の中でマネージメントしようとしているんじゃないかという疑問。C/Sシステムでは、同じ釜の飯を食った単一民族で開発するのが最良だったかもしれないし、それがマネージメントの要だったのかもしれない。でもWebは多民族(様々な技術背景を持った開発者)で作るべきかもしれないし、それが多様性を容認する基盤かもしれない。そして、その多民族を一つのゴールに向かわせるのがWeb的マネージメントなのかもしれない。…

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多様性のマネージメント

あるセミナーで、Webサイト(業務アプリケーション)開発の一番の問題は、技術ではなく組織的な部分だという話を聞いた。但し、Web的なデザイナとエンジニアという二極ではなく、クライアント/サーバ(C/S)システム的なクライアントエンジニアとサーバエンジニアという二極での話。とにかくその二極の人間達では、物事の考え方も、話す言葉も違う。なので、円滑なプロジェクト進行をすることが難しい、面倒だ、と。

その講演者の結論は、ならば一極集中型にすればよいというものだった。クライアント(基本的にPC)側の殆どの機能に、サーバエンジニアが理解でき記述できる技術(基本的にはJava)を使えば良い。そうすると、組織としてはサーバ側のチームだけで開発が進められる。つまりはチームとしてのまとまりが良くなり、問題が起こっても直ぐに対応できる。それがハッピーだ、と。

例えばFlashが良い例かもしれない。Flashがシステムインテグレータ(SIer)に浸透しないのは、同じ考え方に根ざしている。Flash/ActionScriptはSIerの標準的な開発工程管理手法との接点がまだ見えていない。タイムラインの概念も憶えなければならないし、そもそもが「体験を開発する」というコンセプトが馴染まないのである。技術的な問題以上に、人的或いは文化的な問題の方で敬遠されているように見える。Flashアプリケーションは、SIerにとって異文化/異民族なのだ。

単一民族的な組織で開発を進められることは、マネージメント的に考えると理想的な状況なのだと思う。仕事だけを見つめれば良い。仕様を担当者に割り振り、その一つ一つのタスクを管理していけば良い。担当者の個性や出自を考えるのは、最初の担当割振りの時だけで、その後はタスクの進捗度だけを見つめればよい。同じ言語文化を共有しているから話の通りも良い。生産性比較もし易いし、報告もしやすい。

しかし、その話を聞きながら、何かしっくりしない感覚が残る。Webサイト開発の歴史を思い出しながら、同じ技術的基盤を共有した者だけで作ってきたものが本当に良いサイト(Webアプリケーション)だったのだろうか。デザイナだけで作られたもの、エンジニアだけで作られたもの、クライアント(顧客)の発想だけで作られたもの、開発企業の発想だけで作られたもの。数少ない例外的「傑作」を除いて、歴史に名を残していない気がしてならない。

私にとって、Webは自分と違う「文化」に接する出入り口だった。それが「デザイン手法」であったり、「Java」であったり「育児」であったりする。自己流と異なる、見事な「技」に触れたとき、その通路であるWebに感謝し、のめりこんでいった。

自己流が全てではない、という「気付き」。もっと優れた道は必ずある、という発想の原点。Webは、それらを私が自惚れる度に示してくれる。自分とは異なる価値観に触れる楽しさを思い出させてくれる。

そう言った「場」を開発するチームが、単一民族で可能なのだろうか。ユーザビリティをカヴァーすることが、本当に同種の人間達だけで実現できるのか。今までのデザイナとエンジニアの確執を見てきている者にとって、それは「おとぎ話」に聞こえる。

技術は発想力をジャンプさせるものにもなるけれど、制限するものにもなる。Photoshopのように、今までシミュレーションできなかった画像処理を目の前で即座に試せるようになったときには、出来上がる作品が階段を一段上がったように感じる。しかし、皆が同じツールを使い始め、生産効率性云々と言い出すと、そのツールで出来ることをやろうと頭の中でブレーキが働く。

クライアント側でもサーバ側でも、偏った一部のグループが開発を進めると、どちらかというと後者のブレーキ現象の方が強く現れるのではないだろうか。単一の技術を中心に開発が進められると、評価軸がシンプルなので、どうしても開発生産性競争になりやすい。それは出来ることを出来るだけ早く、である。

Webはデータのやり取りだけをするアプリケーションではない。使う人を誘導する機能があってこそ活かされるものである。その「誘導」を、ナビゲーションといったり体験と呼んだりするのだが、それは本来、誘導される「人間」を理解していないと設計できるはずがない。技術者は時々忘れてしまうけれど、JavaよりもPhotoshopよりも、人間の方が奥が深い。そして、その深さは多様性があるが故だろう。

例えば、赤ん坊の「重み」は、一般の若い会社員男性には余り想像出来きない。生まれた時の 3Kg前後の重さが、親にとってどれほどの重みであるのか。大きくなる毎日でお母さんの腕にどれほどの負荷と喜びをかけているのか。そんなことが理解できるのは、実際に親になるなり、親戚の子供を抱いたり、それを喜ぶ友人に触れたり、今までにない経験や価値観に触れることを通してだ。

そして、そんな人達に響くWebサイトを作るには、そんな想いを知っていなければ設計できるはずがない。その知るべき知識の中で、サーバ技術等の占める割合は実はあまり大きくない。色んな人が居て、色んな感情がある、というのが最初の一歩だし、そうした異文化を自分の従来の価値観と整合性を取って行く舵取りが越えるべき壁だろう。そこを取り違えると、オシキセの嫌味な使われないシステムを作ることになる。

最近、もう一度Webのことを考え直そうとしている。その中で感じていることは、やはりWebは「新しい分野」なのだということ。従来のどこにもなかったシステムやメディアの一つなんだろうと改めて感じている。

そして、新しいモノを古い評価軸の中でマネージメントしようとしているんじゃないかという疑問。C/Sシステムでは、同じ釜の飯を食った単一民族で開発するのが最良だったかもしれないし、それがマネージメントの要だったのかもしれない。でもWebは多民族(様々な技術背景を持った開発者)で作るべきかもしれないし、それが多様性を容認する基盤かもしれない。そして、その多民族を一つのゴールに向かわせるのがWeb的マネージメントなのかもしれない。

そして、それが唯一コンピュータに出来ないことじゃないのだろうか。進捗の数値管理位なら近々に人がやる必要がなくなるかもしれない。人間の気持ちを察しつつ開発を進めること。それはとてつもなく面倒な話だが、実はとてつもなくやりがいのある話でもある。せちがない世の中で、活気のある職場を作り出すこと。それは個々の管理職ができるプロジェクト?]ではないか。

Webの業界は、こうした層の育成を怠ってきた。事実上余力がなかったと言ってもよいだろう。でもすべきだった。おかげで優秀な現場技術者が幾ら居ても、破綻するプロジェクトが続いている。エンジニアとデザイナの確執を制御しなかった故に、互いに背を向ける領域が拡大してしまった。それが、クライアント(顧客)にも、ユーザにも機会損失を招いている。

「ガンジー」という映画の中で、異教徒を殺した人がガンジーに懺悔をするシーンがある。ガンジーはその人に親を殺された異教徒の孤児を探し、改宗を強制することなく育てろ、と諭す。宗教が生活の中で占める割合の高い地域である。スクリーンを見ながらその過酷さを想い息を呑んだ。

しかし、こうしたことが「共生」と「発展」への唯一の道なのかもしれない。様々な価値観がそのままの形で混在しながら、未来の方向を見つめて行く。そんな今までにないフロンティア。上手く回っているWeb開発現場の多様性許容ノウハウは、別の何かにもつながっていく気がしてならない。

以上。/mitsui

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コラム No. 78 https://kimi-chikai.jp/column-78/ Fri, 21 Jan 2005 04:25:40 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=110 イントラネット Webに惹かれていると公言して数年経つが、実を言うと個人的に一番好きなのは「イントラネット(イントラ)」の世界だ。世界中の様々な趣味や意見に触れることは、勿論楽しい。しかし、それらは自分の生活に直結はしていない。イントラが賢く鋭くなると、私の仕事は円滑になり、ストレスが減る分生活も潤う。 今は、Ridualの開発が実は主業務であるのだが、たとえそれに専念できているとしても、会社で働く以上何かしらの間接業務が発生する。それは、交通費申請であったり、勤怠管理だったり、そうした日常の細々した情報操作だ。開発業務や研究活動だけして、給料がもらえるような会社は多分ないだろう。 ■ 私は転職組で、複数の組織のカラーと仕組みを見てきている。年俸アップだけを見つめて移っていった訳でもないし、昭和初期生まれの父の世代からは、転職すること自体に眉をひそめられた。転職するたびに、「モラル」や「忠誠心」や、そもそも「会社って何?」等を考える機会を持ってきた。 「親方日の丸」や「よらば大樹」的な考え方が、儒教的な色彩も持って浸透しているのが従来型の「会社勤め」だったと思う。それに対して、私の世代の前後からは、「会社」を想う精神的な「量」が減ってきているのかもしれない。会社員生活だけが自分の生活の全てではないことを自覚していたし、会社も私の一生の面倒を見るほど人情味に溢れた場所でもなくなって来たからだ。 そんな状況の中で、自分を特定の会社に結びつけるものは何か。この問いの答えを未だ完全には見つけていないが、私にとってはイントラと関係がありそうだ。イントラの良し悪しが、「会社で居心地が良いか」と直結していると思えるからである。 ■ 今後もしも転職することになっても、私がやれることはWebに関係する業務しか事実上ありえない。他には能がない。この分野での自分からのアウトプットは自分を律するしかなく、自分自身でコントロールできるところだ。優れた人達から感化されることは多々あるけれど、誰かに依存する部分は少ない。 だとしたら、それに如何に集中できる環境であるかが、会社選びの要となる。それは私にとっては、申請処理などの日々の細々とした作業を如何に簡潔に行えるか、社内の情報共有がどれほどスムーズかにかかっている。福利厚生と同じくらいに、社内システムのIT化の度合は気になる。 複数の会社のシステムを実際に触り、時にはコンサル的な立場でクライアントのシステムを見せてもらったりもする。余り事例的に多くを見ているとは言えないだろうが、素晴らしいイントラのシステムに出会うことは極めて稀である。現場が悩むだろうとか、情報共有が進まないだろうなぁと容易に予想できるシステムがゴロゴロしている。 Webデザインが単なるグラフィックデザインではないと気が付いてから、インフォメーションアーキテクト(IA)の分野の仕事の比率は否が応でも増加する。そうした情報整理の目でイントラを見回すと、そこには広大なマーケットが存在していると感じている。更に魅力的に感じるのは、改善されると喜ぶ人達を身近に感じることが出来る領域だということだ。不特定多数への貢献も楽しいけれど、特定多数も捨てがたい。 ■ しかし、どうもイントラには、「釣った魚には餌をやるな」という風潮が、広がっているようだ。社内の情報システムへの投資を積極的に行なっているという話は余り聞かない。たまに雑誌で美談的に扱われているのを見ると、そうした風潮を逆説的に証明しているようにさえ感じる。 そうした美談の成功秘訣は、基本的には現場の声にどこまで従っているか、だ。偉そうな情報システム部門が「下」の者に作り与えるという形式での成功話は殆ど聞かなくなった。現場重視。その証拠に「パートのオバチャンが使い込めるかが、鍵でした」のような見出しが目に付く。 「上」の者が理屈で考えた理想論システムではなく、「現場」の声を重視した設計。理屈の上での効率化ではなく、現場のポテンシャルを現場自らが引き出せる効率化の路線。しかし、これこそがWebの特にB2Cの分野で繰り返し示されてきた教訓だ。とにかく現場(ユーザ)に聞け。 ■ Rich Internet Application(RIA)の芽が出始めたとき、多くの雑誌で特集されたのは、「クライアントサーバ(C/S)システムからWeb(HTML)システムにしたのは間違いだった、現場の効率が悪すぎる。RIAへの期待は高まるばかり」という結論だった。…

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イントラネット

Webに惹かれていると公言して数年経つが、実を言うと個人的に一番好きなのは「イントラネット(イントラ)」の世界だ。世界中の様々な趣味や意見に触れることは、勿論楽しい。しかし、それらは自分の生活に直結はしていない。イントラが賢く鋭くなると、私の仕事は円滑になり、ストレスが減る分生活も潤う。

今は、Ridualの開発が実は主業務であるのだが、たとえそれに専念できているとしても、会社で働く以上何かしらの間接業務が発生する。それは、交通費申請であったり、勤怠管理だったり、そうした日常の細々した情報操作だ。開発業務や研究活動だけして、給料がもらえるような会社は多分ないだろう。

私は転職組で、複数の組織のカラーと仕組みを見てきている。年俸アップだけを見つめて移っていった訳でもないし、昭和初期生まれの父の世代からは、転職すること自体に眉をひそめられた。転職するたびに、「モラル」や「忠誠心」や、そもそも「会社って何?」等を考える機会を持ってきた。

「親方日の丸」や「よらば大樹」的な考え方が、儒教的な色彩も持って浸透しているのが従来型の「会社勤め」だったと思う。それに対して、私の世代の前後からは、「会社」を想う精神的な「量」が減ってきているのかもしれない。会社員生活だけが自分の生活の全てではないことを自覚していたし、会社も私の一生の面倒を見るほど人情味に溢れた場所でもなくなって来たからだ。

そんな状況の中で、自分を特定の会社に結びつけるものは何か。この問いの答えを未だ完全には見つけていないが、私にとってはイントラと関係がありそうだ。イントラの良し悪しが、「会社で居心地が良いか」と直結していると思えるからである。

今後もしも転職することになっても、私がやれることはWebに関係する業務しか事実上ありえない。他には能がない。この分野での自分からのアウトプットは自分を律するしかなく、自分自身でコントロールできるところだ。優れた人達から感化されることは多々あるけれど、誰かに依存する部分は少ない。

だとしたら、それに如何に集中できる環境であるかが、会社選びの要となる。それは私にとっては、申請処理などの日々の細々とした作業を如何に簡潔に行えるか、社内の情報共有がどれほどスムーズかにかかっている。福利厚生と同じくらいに、社内システムのIT化の度合は気になる。

複数の会社のシステムを実際に触り、時にはコンサル的な立場でクライアントのシステムを見せてもらったりもする。余り事例的に多くを見ているとは言えないだろうが、素晴らしいイントラのシステムに出会うことは極めて稀である。現場が悩むだろうとか、情報共有が進まないだろうなぁと容易に予想できるシステムがゴロゴロしている。

Webデザインが単なるグラフィックデザインではないと気が付いてから、インフォメーションアーキテクト(IA)の分野の仕事の比率は否が応でも増加する。そうした情報整理の目でイントラを見回すと、そこには広大なマーケットが存在していると感じている。更に魅力的に感じるのは、改善されると喜ぶ人達を身近に感じることが出来る領域だということだ。不特定多数への貢献も楽しいけれど、特定多数も捨てがたい。

しかし、どうもイントラには、「釣った魚には餌をやるな」という風潮が、広がっているようだ。社内の情報システムへの投資を積極的に行なっているという話は余り聞かない。たまに雑誌で美談的に扱われているのを見ると、そうした風潮を逆説的に証明しているようにさえ感じる。

そうした美談の成功秘訣は、基本的には現場の声にどこまで従っているか、だ。偉そうな情報システム部門が「下」の者に作り与えるという形式での成功話は殆ど聞かなくなった。現場重視。その証拠に「パートのオバチャンが使い込めるかが、鍵でした」のような見出しが目に付く。

「上」の者が理屈で考えた理想論システムではなく、「現場」の声を重視した設計。理屈の上での効率化ではなく、現場のポテンシャルを現場自らが引き出せる効率化の路線。しかし、これこそがWebの特にB2Cの分野で繰り返し示されてきた教訓だ。とにかく現場(ユーザ)に聞け。

Rich Internet Application(RIA)の芽が出始めたとき、多くの雑誌で特集されたのは、「クライアントサーバ(C/S)システムからWeb(HTML)システムにしたのは間違いだった、現場の効率が悪すぎる。RIAへの期待は高まるばかり」という結論だった。

一見すると、HTMLが悪くてRIAが優れているように読める。しかし、本質はそうじゃない。HTMLシステムでは、現場の力を引き出せない分野に、HTMLを導入したことが間違いなのである。それはRIAにしたからといって解決される訳ではない話だ。技術の話ではない。現場をどう見ているかどうかの問題だ。

C/SからHTMLシステムへの移行は、更新と維持コストを背景に進められた。システム部門の都合で進められたと言っても良いだろう。しかし、現場の生産性が開発終了時点から問題となって行く。最早近視眼的なIT開発では会社をハッピーにするシステムは構築できない。最終的に会社としてのトータルな生産性を考慮して、システムが徐々に見直されている。

Blogやソーシャルネットワークサービス(SNS)は、隣席の社員よりも、もっと緊密な情報共有が可能な赤の他人を知り得ることを証明して見せた。社内他部署でどんなプロジェクトが進んでいるのか、誰が何に詳しいのかを、少ない労力で知り得る。そんな情報システムが構築できるのだ。

そんなイントラシステムが稼動し始めた時、その根本機動力は、BlogやSNSと同じように社員の好奇心だろう。何かを知りたい、誰かを知りたい。そんな興味がWebの世界を引っ張ってきた。それが社内に広がっていける。

これを会社への忠誠心と呼ばずになんと言うのだろう。決してナァナァの関係にならずに、会社の内に向かって伸びていく好奇心と、自分の専門性に集中できる環境、それをシェアできる情報システム。その品質がその会社から離れたくなさせる力になる。捨てるには惜しいと感じさせる。そして、その目に見えない力は、ネットに乗って広がり、そうした環境を好む優秀な人材を呼び寄せてくれるだろう。

先日見せてもらった某社のシステムには驚かされた。Windows 2000/XPマシンが標準端末であるにも拘わらず、XP端末から誰もが使う業務システムにアクセスすると、「Windows XPでの使用は推奨されていません、Windows 2000をお使い下さい」とJavaScriptが偉そうに語りかけてきた。

一人に2種の端末が提供されている職場ではない。自席で個人がその業務システムを操作することが業務効率が上昇すると考えられて導入されたシステムである。根本ポリシーが継承されていないシステム設計が実装されている。

イントラは、単一民族(社員のみ)が使用すると想定できるので、B2Cシステムのように様々なブラウザ依存性など検証せずに、IEを使えとか指示し易い。それは開発コストに直結する。その意味で特化した環境でシステム構築が進むのは理解できる。しかし、このメッセージには閉口した。XPユーザはどうすれば良いのだ? 逃げ口がない。

イントラを情報サービス業の出入り口だと認識するなら、利用者を門前払いするのは最後の手段である。それを何の思索も重ねずに断行している。余りに開発者中心の考え方に呆れてしまう。私には単なる怠慢にしか見えなかった。

更に心配なことがある。こうしたシステムを毎日見慣れている人達が、どんなシステムを作っていくのか、という点である。環境が人間に与える影響は大きい。毎日付き合うものならば影響力は絶大だ。怠慢は怠慢を呼び込んでいく。

単純な申請に数十分もかかるシステムや、逃げ口のないメッセージを出して平気なシステムに慣れきったシステムエンジニアは、多分同様の負荷を現場の人に押し付けても罪悪感も感じないだろう。私なら、そんなシステム屋に開発をお願いしたくない。金を払って、社員のストレスを上昇させるなんて、本末転倒である。ITは現場の効率を上げるために投資・導入されるものだ。

そんなシステムの改善案作成屋として呼ばれると、Webデザイナとして「使い易いデザイン」を要求される。しかし、見栄えの化粧直しで使い易さが作り出されると思っているとしたら、それは「情報」をなめている。もやは情報がビジネスの根幹になっている。見た目を赤から青に替えただけで操作性が上がったりしようはずがない。

本来使いにくいモノは、少々の飾りでは直せない。根本治療が必要になる。システム的な制限や、データベース(DB)構成上の話からではなく、ユーザビリティの観点から出発するイントラ開発。使われなければ意味がないという視点。

これから、このようなイントラの整備が水面下で進んでいくと思っている。そして、そうならなきゃ困る。その時には、多くのWebデザイナが、情報のデザインや、使い勝手のデザインを構築するためにDB設計にまで影響する力を持つようになるだろう。

「頼むから本質的な仕事をさせてくれ」、そんな声なき現場のニーズを「形」にする仕事。「デザイナ」という肩書きにこだわっているのは、そこに誇りを感じるからである。最近、Web業界の暗い面ばかりを考えてしまうが、先に広がる道も見えつつある。B2Cで鍛えられたノウハウが、廻り回って日常業務を支援する土台になって還ってきた。

以上。/mitsui

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コラム No. 77 https://kimi-chikai.jp/column-77/ Tue, 11 Jan 2005 04:25:01 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=108 Web開発の今後 Webデザイナという職種の地位を最近考える。バブル後半から崩壊期あたりに少しもてはやされた記憶があるが、それ以降余り脚光を浴びないものになって来ているような気がする。 その代わりに、扱う業務が増えている。Webデザインをやっていると言うために知っておくべき知識が増え続けている。しかもプロであると自覚する者ほど、高い壁に囲まれる。ユーザインターフェース(UI)デザインから、サーバサイド、データベース、セキュリティから法制度に至るまで、情報を扱うために知っておくべき全てのことを知っていると期待される。 ある意味で、「デザイン」が「グラフィックデザイン」から本来の「設計」を意味する言葉に変化してきていると言えるのかもしれない。多くのプロのWebデザイナが、その変化に追従し追い越そうとして多くの時間をかけている。 しかし、まだこの現状を理解している人がクライアントサイドには少ないのかもしれない。Webサイトの構築を頼まれてから、それに着手するまでに説明しなければならない事柄が減らない。まだまだWebサイトを構築すると言うことの意味が浸透していない。 ■ 誰もがこぞってWebサイトを作り始めた時、それは紙の会社案内をデジタル化しただけが主流だった。全世界に開かれた玄関を作りましょうという合言葉に、扇動された時代。けれど、ただ単に皆と同じに玄関を作っただけのところは、Webという海に埋没して行った。その玄関に、より先進的な「使い方」を付加したところだけが歴史に名を刻んだ。 次に、使い方にバリエーションが生まれてくる。情報提供だけではなく、Webアプリケーションとしての動き。商品の品揃えで勝負する方向性や、既存ブランド名を冠した大規模化の流れ。既存の市場を押さえ込む手法が至るところで適応された。大企業が、プライドにかけてWebに投資した。 しかし、結果は思ったようには付いて来なかった。Webは今までのコマーシャル界の常識では計れない魔物が住んでいる。それはTVのように受身で情報を受け取るしか道がない訳ではないという点だ。どんな有名な企業がサイトを作っても、ユーザは見向きもしないということが常識的に起こった。 更に、まだまだ回線の細さの影響を、サイト開発側が見積もれていなかった点も大きかった。どんなゴージャスな絵を配置しても、単なる絵を見るために数分間待ってくれるユーザはまだ育っていなかった。 そうこうしている内に、バブルがハジケて、思ったほどの効果の上がらないWebサイトは収束ラインに乗せられる。多くの投資をかけても効果の上がらなかったサイトが、予算削減の中で効果を高められるはずもなく、殆ど注目もされないまま、閉店通知メールが行きかった。 多くの既存有名大企業が手がけたWebサイトが閉鎖に追い込まれる中で、新興企業はユーザの動向を学び、素早く動き、改良に改良を重ねて地盤を固めていった。そして、2004年。この日本で、ネット系の野球のオーナー企業が誕生した。ネットがビジネスにならないと撤退した大企業はどんな想いで、このニュースに触れたのだろう。 余り報道も検証もされないが、撤退した企業やサイトには、何かが足りなかったのだ。新興企業が発展できるだけの土壌があったにも拘わらず、既存大企業が投資を繰り返したにも拘わらず、大手が敗退した。それは、先見性と投資に関わる分野であり、真の意味での「デザイン」と無関係ではない。どんな機能を実装すべきで、どこに投資すべきかを語るのがデザインなのだから。 ■ 多くのネット系企業が大きくなっているものの、取り残された分野がある。Webデザイナ業界。先述の多くの技術が必要な分野でありながら、頭の使い方次第では野球チームのオーナーになるポテンシャルを持つにも拘らず、予算が付かない分野。「Webをデザインする力」が正当な評価を受けていない。 Webデザインをやっています、と言っても通じない場合がまだ多い。ホームページを作ってます、と簡単な揶揄で説明すると、「ウチの娘もこの前作りましたよ」とか言われる。オリンピックレベルから、幼稚園生のカケッコまでが一つの言葉で語られる奇妙な世界がここにある。 「デザイン」をグラフィックデザインと同一視し、非論理的だという先入観だけで卑下する人達も未だ多い。特にエンジニアの中に多い。データベースからデータを抜き差しするだけでは、ユーザは魅力を感じてくれないことに未だ気が付かない。デザイナがデータを「使われる情報」の形まで昇華していることに目を向けない。使われる情報を設計するよりも、Javaを使える事が偉いと未だ思っている。ユーザは何で作られているのかなんて誰も見ていないのに。 開発という大きな仕事をした人達を扱うメディアにも問題を感じる。これほど多くの先人が自分のスキルを披露している分野があるだろうか。なのに情報提供した人が報われない。一度、寝ないで仕上げたサイトのノウハウを、雑誌の一特集の一部分として扱われた。挨拶もなく、正直食い物にされたと感じ不愉快だった。努力した人に敬意を払わずに、自誌の売上げだけを目指す。業界を育てる気が無いのかと疑った。 Webデザイナの仕事の何たるかを説明しないまま進んできたおかげで、Web屋はギリギリの予算で良いモノを提供させられている。知識のランクを示す言葉も存在しないし、何をデザインしているかも理解されない。アイデアもテクニックも自動販売機のように大量に引き出されて当然と思われている。多くの場面でディレクタ的存在が求められているにも拘わらず、メディアと学校から初心者だけが大量生産されている。予算の付かない現場は教育部門としては機能できない。それらが悪循環して、更なる低予算長時間労働で業界が疲弊している。 ■…

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Web開発の今後

Webデザイナという職種の地位を最近考える。バブル後半から崩壊期あたりに少しもてはやされた記憶があるが、それ以降余り脚光を浴びないものになって来ているような気がする。

その代わりに、扱う業務が増えている。Webデザインをやっていると言うために知っておくべき知識が増え続けている。しかもプロであると自覚する者ほど、高い壁に囲まれる。ユーザインターフェース(UI)デザインから、サーバサイド、データベース、セキュリティから法制度に至るまで、情報を扱うために知っておくべき全てのことを知っていると期待される。

ある意味で、「デザイン」が「グラフィックデザイン」から本来の「設計」を意味する言葉に変化してきていると言えるのかもしれない。多くのプロのWebデザイナが、その変化に追従し追い越そうとして多くの時間をかけている。

しかし、まだこの現状を理解している人がクライアントサイドには少ないのかもしれない。Webサイトの構築を頼まれてから、それに着手するまでに説明しなければならない事柄が減らない。まだまだWebサイトを構築すると言うことの意味が浸透していない。

誰もがこぞってWebサイトを作り始めた時、それは紙の会社案内をデジタル化しただけが主流だった。全世界に開かれた玄関を作りましょうという合言葉に、扇動された時代。けれど、ただ単に皆と同じに玄関を作っただけのところは、Webという海に埋没して行った。その玄関に、より先進的な「使い方」を付加したところだけが歴史に名を刻んだ。

次に、使い方にバリエーションが生まれてくる。情報提供だけではなく、Webアプリケーションとしての動き。商品の品揃えで勝負する方向性や、既存ブランド名を冠した大規模化の流れ。既存の市場を押さえ込む手法が至るところで適応された。大企業が、プライドにかけてWebに投資した。

しかし、結果は思ったようには付いて来なかった。Webは今までのコマーシャル界の常識では計れない魔物が住んでいる。それはTVのように受身で情報を受け取るしか道がない訳ではないという点だ。どんな有名な企業がサイトを作っても、ユーザは見向きもしないということが常識的に起こった。

更に、まだまだ回線の細さの影響を、サイト開発側が見積もれていなかった点も大きかった。どんなゴージャスな絵を配置しても、単なる絵を見るために数分間待ってくれるユーザはまだ育っていなかった。

そうこうしている内に、バブルがハジケて、思ったほどの効果の上がらないWebサイトは収束ラインに乗せられる。多くの投資をかけても効果の上がらなかったサイトが、予算削減の中で効果を高められるはずもなく、殆ど注目もされないまま、閉店通知メールが行きかった。

多くの既存有名大企業が手がけたWebサイトが閉鎖に追い込まれる中で、新興企業はユーザの動向を学び、素早く動き、改良に改良を重ねて地盤を固めていった。そして、2004年。この日本で、ネット系の野球のオーナー企業が誕生した。ネットがビジネスにならないと撤退した大企業はどんな想いで、このニュースに触れたのだろう。

余り報道も検証もされないが、撤退した企業やサイトには、何かが足りなかったのだ。新興企業が発展できるだけの土壌があったにも拘わらず、既存大企業が投資を繰り返したにも拘わらず、大手が敗退した。それは、先見性と投資に関わる分野であり、真の意味での「デザイン」と無関係ではない。どんな機能を実装すべきで、どこに投資すべきかを語るのがデザインなのだから。

多くのネット系企業が大きくなっているものの、取り残された分野がある。Webデザイナ業界。先述の多くの技術が必要な分野でありながら、頭の使い方次第では野球チームのオーナーになるポテンシャルを持つにも拘らず、予算が付かない分野。「Webをデザインする力」が正当な評価を受けていない。

Webデザインをやっています、と言っても通じない場合がまだ多い。ホームページを作ってます、と簡単な揶揄で説明すると、「ウチの娘もこの前作りましたよ」とか言われる。オリンピックレベルから、幼稚園生のカケッコまでが一つの言葉で語られる奇妙な世界がここにある。

「デザイン」をグラフィックデザインと同一視し、非論理的だという先入観だけで卑下する人達も未だ多い。特にエンジニアの中に多い。データベースからデータを抜き差しするだけでは、ユーザは魅力を感じてくれないことに未だ気が付かない。デザイナがデータを「使われる情報」の形まで昇華していることに目を向けない。使われる情報を設計するよりも、Javaを使える事が偉いと未だ思っている。ユーザは何で作られているのかなんて誰も見ていないのに。

開発という大きな仕事をした人達を扱うメディアにも問題を感じる。これほど多くの先人が自分のスキルを披露している分野があるだろうか。なのに情報提供した人が報われない。一度、寝ないで仕上げたサイトのノウハウを、雑誌の一特集の一部分として扱われた。挨拶もなく、正直食い物にされたと感じ不愉快だった。努力した人に敬意を払わずに、自誌の売上げだけを目指す。業界を育てる気が無いのかと疑った。

Webデザイナの仕事の何たるかを説明しないまま進んできたおかげで、Web屋はギリギリの予算で良いモノを提供させられている。知識のランクを示す言葉も存在しないし、何をデザインしているかも理解されない。アイデアもテクニックも自動販売機のように大量に引き出されて当然と思われている。多くの場面でディレクタ的存在が求められているにも拘わらず、メディアと学校から初心者だけが大量生産されている。予算の付かない現場は教育部門としては機能できない。それらが悪循環して、更なる低予算長時間労働で業界が疲弊している。

予算について言えば、Webの世界はかなり奇妙な構造になっている。最初に提案を出させられる事が多いが、実はそこが一番クリエイティブで知識集約的な作業である。そして予算を確定して、その後に詳細設計をする際に、どんどんと機能追加が行なわれる。しかしリリース日は確定していて動かせない。走り出したWebプロジェクトを止める事は難しく、結局のところ予算超過部分を個々人の生活を犠牲にして受けざるを得ない。

こんな買物は他にない。システム開発も似たような側面を持つが、機能追加の揺れ幅が異なるように感じる。それはシステム開発がUIの部分を余り考慮せずに進めてきたからであろう。イントラ系のように、多少使い勝手が悪かろうと、使えと指示すれば使い続ける従順なユーザを想定していたためである。しかし、Web、特にB2Cは違う。そしてその変化はB2BやinBの分野にも広がっている。

だからそろそろ予算の立て方、逆に見えれば見積もりの立て方も考え直した方が良い時期になってきたのかもしれない。機能と予算の関係を、客観的に見つめる方法が必要なのではないだろうか。

例えば、100万円の車を買うときに、75万円しかないと値引き交渉する人はいない。仮に、3/4の予算だからといってタイヤ3つ分を購入することが出来たとしても、四輪でデザインされた車が、3/4の機能を発揮するはずはない。75万円の価格帯の車を選ばざるを得ない。

Webサイトのデザインを考える時、Webデザイナは恐らく誰でも、最良のサービス提供が出来る形を想像する。それが予算と合わないとき、本来ならば予算額を聞いてからそれで出来ることをデザインし直すべきなのだろう。ちょうど車が価格帯や嗜好帯(?)が細かく分かれて作られているように、一つ下のレベルの提案を持っていくべきなのだ。

歴史と記憶に残るWebサイトの裏には、過激なまでの提案(多くは業務改革に近いもの)をしたWeb屋と、その提案を受けた担当者が共鳴して、必死で予算を確保するというドラマが、数多くある。上のレベルの提案を実行したければ、上のレベルの予算が必要なのである。そして、歴史に残るサイトは、そうしたサイトだけだ。皆と同じ予算で同じことをやっていて名を残すことはできない。

Webサイトデザインの面白いところは、提案をしてくれと頼まれて、思いっきり夢を膨らましてサービスを考えることが出来る点だと思う。ここの商品を見てもらうにはどんなUIがあれば良いのかを考える時、それが醍醐味だし一番楽しい。そして、かなり予算をオーバーしたプランだと自覚していても、クライアントに受け入れてもらえる時がある。一緒に走れた時の喜びは大きい。それを一度でも経験してしまったら、予算額ギリギリの夢のないプランは持っては行けない。

今、Webに関わる人達は価格競争に入る余力はないと思う。人情系が無視できないのは知っているが、正当な報酬はちゃんと確保すべきだという、当たり前の結論に漸く辿り着いている。兎に角、相手にする技術知識が膨大すぎる。クライアントを満足させたければ、相当量の技術吸収が必須なのである。逆に様々な技術があやふやだと、クライアントに迷惑をかける可能性が高まってきている。

そして、もしもそうした事態が起こった場合、小さなWeb屋では対応が出来なくなる可能性だってある。例えば100万で開発を受けたが、そのシステムで毎月1億のお金を扱うとする。そこでバグがあって業務を数時間でも止めなけばならなくなった場合、その時の保証はどうするのか。全てその開発担当のWeb屋の責任なのだろうか。契約上はそうかもしれないが、個人的には疑問が残る。

これも余り注目されなかったが、先月経済産業省がIEでしか見れないサイトは不適切であるとコメントした。この一言は、多大なブラウザ依存性テストが必要であると言っていることに等しい。これだけで、Web屋の責任は何割か増加した。しかし予算が増える兆候は見えない。

車の場合、高級車であれば走行テストや衝突試験等の性能テストや安全性の確保に対して相当の手間暇をかけている。それがあるから高いのであり、車業界には新規参入が難しいと言われる。弱小企業は既定の数の車の衝突試験が出来ないからである。何かを保証するということは、それだけ価格に跳ね返るのが常識なのである。

そう考えると、Web開発も扱う金額に対して比例する保証サービス的なものに変わっていくべきなのかもしれない。もはや車のように直接人命に関わるものと、Webのように情報の形をした金銭を扱うものとに、実質的な差はないだろう。慎重を期す必要は共通している。

初期開発費と、扱う金額に比例したメンテナンス費が保証されるのならば、Web屋の責任は拡大するが、その分地位も向上するだろう。必然的にかなり専属的にお付き合いをするので、提供できるサービスの質も向上するだろう。逆に取扱額に比べて過小な開発費しか出さないクライアントは、そのサービスに対する責任を放棄しているとさえ見なせる。恐らくそのクライアントに付き合うWeb屋を探すコストが増大し、ユーザの視線も冷めるだろう。

きちんとしたWebサイトを構築するためには、きちんとした環境が必要である。特に、ここまでBlogが一般的になり、単なる情報共有型サイトが手軽に構築できる時代になったからには、それ以外のサイトには「機能」が要求される。それなりのサイトを作るには高度な技術的基盤と先見性と人間(ユーザ)への洞察が必須だ。

もはや趣味的な延長線や個人プレーでは作り得ない領域に入っている。きちんと分業体制の組める知識集約型の組織が必須だ。F1レーサが自分のマシンに二流の部品を使うだろうか。そこでケチってレースで負けたら何の意味もない。先進的Web屋のいる世界は、今後そうした業界になっていくだろう。

革新的なことをWebでやりたくなったクライアントが現れた時、どこにもそんな体力がありませんというのでは時代が動かない。その損失の大きさは計り知れない。そのためにも今ある優秀なWeb屋がきちんと生き残っていける仕組みが不可欠になって来ている。

優秀な人材が継続して流れ込んでこれるような業界。Webが本来持っているポテンシャルを、より大きくしていく活動が必要になってきている。もはや数社のWeb屋が潤っているだけでは、そうした人材流入が起こらない気がする。業界全体として何か手を打たなければ。

Ridualの次期版の構想を練りながら、ツールに留まらない動きが必要だと思ってきている。そんな話をRidualを肴に色々な方と話し始めている。まだまだ有志の間の情熱論議に過ぎないかもしれないけれど、互いからの感化と共感の輪が広がって行っている気がする。2005年が、何かが変わり始めた年と評価されるようになって欲しい。

以上。/mitsui

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コラム No. 76 https://kimi-chikai.jp/column-76/ Mon, 20 Dec 2004 04:22:45 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=106 クリスマス もう何年も前の作品だけれど、「おやこ刑事(デカ)」(大島やすいち/林律雄)というマンガが好きだった。幾つもの輝く短編の中で、クリスマスの話を未だに思い出す時がある。デカ仲間で、プレゼントに何をもらったかを語る場面。 一癖も二癖もあるデカ仲間が昔の思い出を順々に話す。子馬をもらったというご令嬢のあとに、主人公の「文吾」が父親から将棋を教えてもらったという話をする。文吾は父子家庭で、クリスマスの朝に、刑事である父とプレゼントの約束をする。早く帰ると約束した父は文吾が寝てから家に辿り着く。足音を忍ばせて部屋に入っ行く途中で約束を思い出す。 文吾が起きる。父は謝るしかない。困った父を前に、文吾が将棋台を運んでくる。形のない大切なプレゼントを受け取った話を文吾が語る。下町の警察署が舞台。その話を聞くデカ仲間の全員がしんみり暖かくなる。その夜も、現職のデカである父は息を白ませながら張り込みをしている。 ■ そんな話に共感を感じるような環境で育ってきた。でも、もっと暖かな家庭を目指したいと思ってきた。でも気がつけば、いつも深夜帰りになっている。今更ながら気が付く。息子も娘も大切な時期を過ごしている。私は、父親デカ程に、何かをこの子達に手渡せているのかと。 積極的に子供たちに何かを教えていたのは、少し前の三年間。当時私は所属するキリスト教会の日曜学校の先生をしていた。始まった時は、生徒が五人。そのうち我が子が二人。毎週日曜日、礼拝が始まる前の三十分、ミニ礼拝という形で聖書を一緒に学ぶ。 実を言うと、私のプレゼンのスタイルはこの時の経験から生まれた。Flashで描いた紙芝居を前に熱っぽく語るスタイル。大抵は土曜日の昼頃から、何をどう語ろうかを練っていき、夜にタブレットを使って絵を描き始める。出来上がるのは、深夜から早朝。三人の先生で持ち回りをしたので三週に一回、そんな生活を送る。きつかったけれど、場が与えられていたから続けられた。 プレゼンを指導してくれるのは、牧師ではない。目の前に居る子供たち。子供たちは残酷だ。興味を感じなければ何も耳に入れない。セミナーで眠られるよりも、目も前で鼻をほじられる方がこたえる。「あー、つまんない!」叫びだす子も居る。授業参観でも知っているが、子供たちは大人の話を聞くことに何の敬意も払わない。プレゼンの練習をする場としてこれほど効果的な場はない。 幸いFlashプレゼンは子供たちには受けた。とは言っても、語る内容は聖書の話である。誤解している人が多いと思うが、聖書は信仰心篤い善良な人達の話ではない。基本的に神に背を向けた人達の苦悩の歴史である。そもそも子供たちが喜んで聞く題材ではない。でも、当初の五人が三年間の間に十人強になり、何人かの親まで参加するようになった。 平日我が子と接する時間は取れなかったが、自分の子供も含めた集団に接する親の姿を見せれたのは良かったように思う。生活の主軸を「仮想」に置いているがこそ、リアルな子供たちとの接点は大きな支えになった。 そして、子供たちばかりではない。教会という場所は、規模の大小に関わらず、大抵がまさに老若男女が集う場であることが多い。赤ん坊からご老人までいる空間は、独りよがりのユーザビリティ感覚を壊してくれる場でもあった。年齢幅を考えると、文字や言葉の認識も、食事についても、ゲームにしても、一つの形で全員が満足することはまず在り得ない。それが目の当たりにできる。私はWebに適応可能な多くのことを教会で学んでいる。 ■ それにしても、世界中の人が一人の男の誕生と死の場面を漠然と知っている。不思議な話だと思う。イエス・キリスト。信仰の有無も含めてその捉え方は様々だし、クリスマス自体も商業主義的な色彩が強まってはいるが、何かしら人の気持ちを潤す響きは失わない。 「人を殺すなかれ」、神が人に示した戒めの最初の言葉。その言葉の書を引用して戦争が開始され、殺戮は止まない。宗教という言葉でくくられた政治が立ち往生している。信仰、自分の心の中心に何を置くのか、2004年はそれらが厳しく試されたように感じる。それでも、この時期のケバケバしいネオンの下でさえ、クリスマスに、何かしら人の気持ちを潤す響きは失われていない。 クリスマスが12月とされたのは、本人の誕生から随分と経ってからのようだ。冬至という夜が最も長い日、翌日から陽の照る時間が徐々に延びる日。闇が次第に追いやられて行き始める日。それがイエスの誕生日に相応しいとされた。 誕生はこの世で一番みすぼらしい場所。馬小屋はともかくとして、最初に置かれた場所は、飼い葉桶。餌の入れ物である。出産を経験したり立ち会ったことがあるならば、それがどれほど非常識かが分かる。同時に、そこに入れざるを得なかった両親の痛みも。神の子が、神々しい光と共に天井に降り立つのではなく、この世で一番底辺に現れた。しかも、赤子という一番非力な姿で。 クリスマスという言葉の神聖さは、光り輝く神々しさではなく、闇の中にかすかに一つ灯ったキャンドルのような光に感じる。そして、それは、マリヤとヨセフという、これもまた恵まれているとは言い難い二人が、喜びながら赤子を授かるという場面に集約されている。 普通の家族の営み。普通の家族の喜び。その「型」がここにある。苦しさの中にあってさえ、馬小屋で生まれた子供を想うと、その子の祝福を願いたくなる。同時に、こんな自分でさえ祝福に預かれる、預かって良いのだと思える。教会学校で子供たちに伝えることの大半は、ここにある。あなたは愛されていますよ。こんな赤面するような台詞を大真面目に語れる場は他に思い当たらない。 ■…

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クリスマス

もう何年も前の作品だけれど、「おやこ刑事(デカ)」(大島やすいち/林律雄)というマンガが好きだった。幾つもの輝く短編の中で、クリスマスの話を未だに思い出す時がある。デカ仲間で、プレゼントに何をもらったかを語る場面。

一癖も二癖もあるデカ仲間が昔の思い出を順々に話す。子馬をもらったというご令嬢のあとに、主人公の「文吾」が父親から将棋を教えてもらったという話をする。文吾は父子家庭で、クリスマスの朝に、刑事である父とプレゼントの約束をする。早く帰ると約束した父は文吾が寝てから家に辿り着く。足音を忍ばせて部屋に入っ行く途中で約束を思い出す。

文吾が起きる。父は謝るしかない。困った父を前に、文吾が将棋台を運んでくる。形のない大切なプレゼントを受け取った話を文吾が語る。下町の警察署が舞台。その話を聞くデカ仲間の全員がしんみり暖かくなる。その夜も、現職のデカである父は息を白ませながら張り込みをしている。

そんな話に共感を感じるような環境で育ってきた。でも、もっと暖かな家庭を目指したいと思ってきた。でも気がつけば、いつも深夜帰りになっている。今更ながら気が付く。息子も娘も大切な時期を過ごしている。私は、父親デカ程に、何かをこの子達に手渡せているのかと。

積極的に子供たちに何かを教えていたのは、少し前の三年間。当時私は所属するキリスト教会の日曜学校の先生をしていた。始まった時は、生徒が五人。そのうち我が子が二人。毎週日曜日、礼拝が始まる前の三十分、ミニ礼拝という形で聖書を一緒に学ぶ。

実を言うと、私のプレゼンのスタイルはこの時の経験から生まれた。Flashで描いた紙芝居を前に熱っぽく語るスタイル。大抵は土曜日の昼頃から、何をどう語ろうかを練っていき、夜にタブレットを使って絵を描き始める。出来上がるのは、深夜から早朝。三人の先生で持ち回りをしたので三週に一回、そんな生活を送る。きつかったけれど、場が与えられていたから続けられた。

プレゼンを指導してくれるのは、牧師ではない。目の前に居る子供たち。子供たちは残酷だ。興味を感じなければ何も耳に入れない。セミナーで眠られるよりも、目も前で鼻をほじられる方がこたえる。「あー、つまんない!」叫びだす子も居る。授業参観でも知っているが、子供たちは大人の話を聞くことに何の敬意も払わない。プレゼンの練習をする場としてこれほど効果的な場はない。

幸いFlashプレゼンは子供たちには受けた。とは言っても、語る内容は聖書の話である。誤解している人が多いと思うが、聖書は信仰心篤い善良な人達の話ではない。基本的に神に背を向けた人達の苦悩の歴史である。そもそも子供たちが喜んで聞く題材ではない。でも、当初の五人が三年間の間に十人強になり、何人かの親まで参加するようになった。

平日我が子と接する時間は取れなかったが、自分の子供も含めた集団に接する親の姿を見せれたのは良かったように思う。生活の主軸を「仮想」に置いているがこそ、リアルな子供たちとの接点は大きな支えになった。

そして、子供たちばかりではない。教会という場所は、規模の大小に関わらず、大抵がまさに老若男女が集う場であることが多い。赤ん坊からご老人までいる空間は、独りよがりのユーザビリティ感覚を壊してくれる場でもあった。年齢幅を考えると、文字や言葉の認識も、食事についても、ゲームにしても、一つの形で全員が満足することはまず在り得ない。それが目の当たりにできる。私はWebに適応可能な多くのことを教会で学んでいる。

それにしても、世界中の人が一人の男の誕生と死の場面を漠然と知っている。不思議な話だと思う。イエス・キリスト。信仰の有無も含めてその捉え方は様々だし、クリスマス自体も商業主義的な色彩が強まってはいるが、何かしら人の気持ちを潤す響きは失わない。

「人を殺すなかれ」、神が人に示した戒めの最初の言葉。その言葉の書を引用して戦争が開始され、殺戮は止まない。宗教という言葉でくくられた政治が立ち往生している。信仰、自分の心の中心に何を置くのか、2004年はそれらが厳しく試されたように感じる。それでも、この時期のケバケバしいネオンの下でさえ、クリスマスに、何かしら人の気持ちを潤す響きは失われていない。

クリスマスが12月とされたのは、本人の誕生から随分と経ってからのようだ。冬至という夜が最も長い日、翌日から陽の照る時間が徐々に延びる日。闇が次第に追いやられて行き始める日。それがイエスの誕生日に相応しいとされた。

誕生はこの世で一番みすぼらしい場所。馬小屋はともかくとして、最初に置かれた場所は、飼い葉桶。餌の入れ物である。出産を経験したり立ち会ったことがあるならば、それがどれほど非常識かが分かる。同時に、そこに入れざるを得なかった両親の痛みも。神の子が、神々しい光と共に天井に降り立つのではなく、この世で一番底辺に現れた。しかも、赤子という一番非力な姿で。

クリスマスという言葉の神聖さは、光り輝く神々しさではなく、闇の中にかすかに一つ灯ったキャンドルのような光に感じる。そして、それは、マリヤとヨセフという、これもまた恵まれているとは言い難い二人が、喜びながら赤子を授かるという場面に集約されている。

普通の家族の営み。普通の家族の喜び。その「型」がここにある。苦しさの中にあってさえ、馬小屋で生まれた子供を想うと、その子の祝福を願いたくなる。同時に、こんな自分でさえ祝福に預かれる、預かって良いのだと思える。教会学校で子供たちに伝えることの大半は、ここにある。あなたは愛されていますよ。こんな赤面するような台詞を大真面目に語れる場は他に思い当たらない。

最近、Web業界従事者の生活の悲惨さを聞く場面が増えてきた。私の関心がそこにあるからなのかもしれない。大方の人が「インターネット=Web=ホームページ」と思っている気がするにも関わらず、世間一般が「インターネット」と聞いてイメージする華やかさはない。深夜まで働き、体を壊し、入院し、退職する。「もう続けられない」。Web大好きな人達のそんな話がゴロゴロしている。

せめて、クリスマスの季節にもう一度、自分の普通の生活を考え直したい。何が苦しめているのか、何が長時間労働につながっているのか。何かがずれている。

先週、私の14回目の洗礼記念日に娘がカードをくれた。「パパ、おめでとう」。私は歴史に残るWebサイトを作って来た訳でも、革新的な技術を練り上げて来た訳でもないけれど、こんなところまで来てしまっている。目頭が熱くなる。クリスマスは家族で夕食を共にしよう。

重い話になりましたが、皆様も良き聖夜を。

以上。/mitsui

ps.

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コラム No. 75 https://kimi-chikai.jp/column-75/ Mon, 13 Dec 2004 04:21:50 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=104 もてなしと配慮 RIA(Rich Internet Application)システムを提案・設計する時、「おもてなし」という言葉が殆ど常に目の前に現れる。お客さんが何かを探す時さりげなく支えるような、どこか心憎いと言われるようなサービス。それをアプリケーションで作ろうとする。 オンラインで買物等をする「ユーザ層」は確実に広まっていて、しかもそれが常識的な行動になりつつあるディープ層も確実に膨らんでいる。セキュリティ等をまだ使う側も気にしなければならないとは思うけれど、実際に足を運んだり、電話をして注文することすら、少し億劫だという空気は出始めている。 いくつものオンラインショッピングサイトでの経験を重ねながら、どんな購入方法が便利かとか、どんな時にどこのサービスを活用すべきかが、一部の業界人以外にも、見えてきている。そして、必然的に、情報を得る場所と、購入をする場所との棲み分けもはっきりとしてきたように感じる。 利用者に馴染みの店ができてきた状態で、新規に店を出すのなら、既存顧客を振り向かせる「何か」を用意しなければならない。先ずはプレゼント。そして、手数料とか送料など直接的なもの。会員特典やポイントも有効だ。でも、それらだけでは長続きしなくなって来た。そうした作られた魅力が色褪せてきている。当たり前になって来たといっても良い。長く使い続けるには「使い勝手の良い」環境の大切さを、ユーザ自身が見始めている。 ■ ユーザビリティ。使い勝手。長い間、定量的に証明しなければ、実装予算を確保できなかった分野に明かりが差して来ているのかもしれない。未だに、Webデザインが見栄えを中心とした「お化粧直し」と思っている層に、実は「サービスのデザイン」をしていたことをユーザ動向が示し始めている。 「格好良い店」でショッピングをしたい人達もあるだろうが、多くは「便利な店」で買物をしたがっている。その問われている「便利さ」の定義が膨らんでいて、その実装方法も拡大してきている。RIAはその最先端に位置しているように思う。 誰かが何かを買うときに、何を便利とするのか。それがどれくらい複雑なものかは、実店舗に数時間も座っていれば分かる。土地柄もあれば、趣味もある、個人差も性差もあるだろう。優れた店員は、顧客の容貌を見て、何らかの判断をし、適したモテナシを選んでする。人間の対応能力の幅の広さだ。 それを相手が誰であるかも告げられないWebアプリケーションが代行しようとしている。見た目には、ドラッグ&ドロップで商品が選べたり、商品比較が一目でできたり、少し派手目な「機能」に注目が集る。しかし、その設計思想の根底には、「おぉよく気が付くじゃないか」とか「なかなか察しが良いねぇ」とモニターの前ですら言葉にしないような褒め言葉を狙うような洞察がある。 人がある特定の情報や商品を選ぶ時、どんな行動を取るのか。紙に書き出す、冊子のページに付箋を貼る。比較表を作る。友達とワイワイ議論する。そんな一つ一つの行動を頭に浮かべて、Webデザイナは一つ一つの「機能」に分割する。多くの分割された「機能」は最早技術的に実装可能なところまで来ている。絵の具を選び重ね絵を描くように、個々の機能を丁寧に並べ、つなぎ目が見えないように縫い合わせ、一個のWebアプリケーションの形をした「サービス」に仕立て上げる。 勿論、これらはRIAシステムでなければできない話じゃない。HTMLだけでも、昔から成されて来た道だ。優れたサイトはそうできていた。ユーザをそれとは気付かせないで満足という出口に導く見えない導線。それに感動したし、憧れた。それが、針と糸しかなかった時代から、機能的なハサミやミシンを駆使できる時代になっただけで、仕立て屋さんの気概に変化はない。 ■ でも、ふと立ち止まると、実生活で「おもてなし」の根底の「配慮」に触れることが減ってきている。笑いながら割り込み乗車をする人。降りる人を掻き分けて先に電車に乗り込む人。自動改札機の前まで来て立ち止まって切符を探す人。狭い道を数人で横に広がって道をふさいで歩いていく人達。10メートル先の人に話しているのかと思うほどの大声で携帯で馬鹿笑いする人達。この時代になっても、廻りに霞がかかっている程に煙草を路上で吸う人達。 私自身たいして礼儀正しい訳ではないが、以前は少し考えれば避けて当たり前のことばかりだ。心を配ること自体が退行している。或いは、そんな余裕もなく生活に流されている。日本人の奥ゆかしさはおとぎ話のファンタジーにさえ思ってしまう。 こんな時代に、次のWebデザイナを目指す人達を心配する。ちょっとした気遣いも減っていく実生活の上で、「おもてなし」をデザインして行くのだ。厳しい道のりだと思う。強靭な自己と理想と夢がなくてはやって行けない。 ■ 先日セミナーで聞いた話だが、米国では4年前の大統領選の時から選挙をより民主的に行なう活動が政府主導の下で行なわれているそうだ。その活動の一つは投票所のユーザビリティを向上させるという形で進められている。その業務を請け負ったのは、コンサルタント屋さんではなく、Webデザイン屋さんだったとのこと。…

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もてなしと配慮

RIA(Rich Internet Application)システムを提案・設計する時、「おもてなし」という言葉が殆ど常に目の前に現れる。お客さんが何かを探す時さりげなく支えるような、どこか心憎いと言われるようなサービス。それをアプリケーションで作ろうとする。

オンラインで買物等をする「ユーザ層」は確実に広まっていて、しかもそれが常識的な行動になりつつあるディープ層も確実に膨らんでいる。セキュリティ等をまだ使う側も気にしなければならないとは思うけれど、実際に足を運んだり、電話をして注文することすら、少し億劫だという空気は出始めている。

いくつものオンラインショッピングサイトでの経験を重ねながら、どんな購入方法が便利かとか、どんな時にどこのサービスを活用すべきかが、一部の業界人以外にも、見えてきている。そして、必然的に、情報を得る場所と、購入をする場所との棲み分けもはっきりとしてきたように感じる。

利用者に馴染みの店ができてきた状態で、新規に店を出すのなら、既存顧客を振り向かせる「何か」を用意しなければならない。先ずはプレゼント。そして、手数料とか送料など直接的なもの。会員特典やポイントも有効だ。でも、それらだけでは長続きしなくなって来た。そうした作られた魅力が色褪せてきている。当たり前になって来たといっても良い。長く使い続けるには「使い勝手の良い」環境の大切さを、ユーザ自身が見始めている。

ユーザビリティ。使い勝手。長い間、定量的に証明しなければ、実装予算を確保できなかった分野に明かりが差して来ているのかもしれない。未だに、Webデザインが見栄えを中心とした「お化粧直し」と思っている層に、実は「サービスのデザイン」をしていたことをユーザ動向が示し始めている。

「格好良い店」でショッピングをしたい人達もあるだろうが、多くは「便利な店」で買物をしたがっている。その問われている「便利さ」の定義が膨らんでいて、その実装方法も拡大してきている。RIAはその最先端に位置しているように思う。

誰かが何かを買うときに、何を便利とするのか。それがどれくらい複雑なものかは、実店舗に数時間も座っていれば分かる。土地柄もあれば、趣味もある、個人差も性差もあるだろう。優れた店員は、顧客の容貌を見て、何らかの判断をし、適したモテナシを選んでする。人間の対応能力の幅の広さだ。

それを相手が誰であるかも告げられないWebアプリケーションが代行しようとしている。見た目には、ドラッグ&ドロップで商品が選べたり、商品比較が一目でできたり、少し派手目な「機能」に注目が集る。しかし、その設計思想の根底には、「おぉよく気が付くじゃないか」とか「なかなか察しが良いねぇ」とモニターの前ですら言葉にしないような褒め言葉を狙うような洞察がある。

人がある特定の情報や商品を選ぶ時、どんな行動を取るのか。紙に書き出す、冊子のページに付箋を貼る。比較表を作る。友達とワイワイ議論する。そんな一つ一つの行動を頭に浮かべて、Webデザイナは一つ一つの「機能」に分割する。多くの分割された「機能」は最早技術的に実装可能なところまで来ている。絵の具を選び重ね絵を描くように、個々の機能を丁寧に並べ、つなぎ目が見えないように縫い合わせ、一個のWebアプリケーションの形をした「サービス」に仕立て上げる。

勿論、これらはRIAシステムでなければできない話じゃない。HTMLだけでも、昔から成されて来た道だ。優れたサイトはそうできていた。ユーザをそれとは気付かせないで満足という出口に導く見えない導線。それに感動したし、憧れた。それが、針と糸しかなかった時代から、機能的なハサミやミシンを駆使できる時代になっただけで、仕立て屋さんの気概に変化はない。

でも、ふと立ち止まると、実生活で「おもてなし」の根底の「配慮」に触れることが減ってきている。笑いながら割り込み乗車をする人。降りる人を掻き分けて先に電車に乗り込む人。自動改札機の前まで来て立ち止まって切符を探す人。狭い道を数人で横に広がって道をふさいで歩いていく人達。10メートル先の人に話しているのかと思うほどの大声で携帯で馬鹿笑いする人達。この時代になっても、廻りに霞がかかっている程に煙草を路上で吸う人達。

私自身たいして礼儀正しい訳ではないが、以前は少し考えれば避けて当たり前のことばかりだ。心を配ること自体が退行している。或いは、そんな余裕もなく生活に流されている。日本人の奥ゆかしさはおとぎ話のファンタジーにさえ思ってしまう。

こんな時代に、次のWebデザイナを目指す人達を心配する。ちょっとした気遣いも減っていく実生活の上で、「おもてなし」をデザインして行くのだ。厳しい道のりだと思う。強靭な自己と理想と夢がなくてはやって行けない。

先日セミナーで聞いた話だが、米国では4年前の大統領選の時から選挙をより民主的に行なう活動が政府主導の下で行なわれているそうだ。その活動の一つは投票所のユーザビリティを向上させるという形で進められている。その業務を請け負ったのは、コンサルタント屋さんではなく、Webデザイン屋さんだったとのこと。

どの規模のWeb屋さんかは語られなかったけれど、作成したのは画面遷移図ではない。投票所にやってくる人達が、迷わずに自分の意思を投票できるような、会場デザイン図。投票所ガイドラインと呼ぶべきもので、今回の大統領選から一部活用されているそうだ。

なぜ、Web屋なのか。「最も人の動きを見ている業種だから」。米国政府の目の付け所は鋭い。唸ってしまう。海の向こうであることが悔しいが、見る人は見てくれている。近い将来日本でも、人の流れに関するサービス構築業として
多くのWeb屋が汗を流せる日が来るかもしれない。「もてなし」と「配慮」、その時には必須の感覚だ。

以上。/mitsui

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コラム No. 74 https://kimi-chikai.jp/column-74/ Mon, 06 Dec 2004 04:18:18 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=102 大学 Ridualは今、複数の大学の中で次なる脱皮を目指して改良を重ねている。この言葉ほどドラマティックな動きではないけれど、止まっている訳ではない。産学連携プロジェクトとして Ver.2 の形を模索している。 この接点のおかげで、約十五年ぶりに大学という環境に近づけた。正直なところを書けば、大学と企業とには少し溝があるように思っていた。特にWeb系の話で言えば、企業は収益を上げることから逃れられず、凄いスピードで進む技術の波の中を突き進んでいる。先進性を重視し、時代を追い越そうとさえする進み方だ。かたや大学は、もう少し学術的にキチンとやることに重きを置いているような印象があった。少し時間の流れが違う空間。「学術的」という言葉を耳にする時、互いを隔てる、何かしら冷ややかな空気が感じ取れる。 ■ しかし、ここ二年ばかりの間に触れた、「大学」は随分と違った印象を与えてくれた。先ずは、書類の消化速度。 幾つかの報告書を大学の教授達と一緒に見る機会が与えられた時のこと。ある教授は三十枚以上のパワーポイント書類をパラパラと見て、数枚めくっただけで、その報告書の核心を一言で批評した。少し私の本職と離れているせいもあって、余り熱も入れずにパラパラと項をめくっていた私は、ドキリとした。 その後に続くコメントは、その報告対象そのものの本質と、検証姿勢や方式全てに渡るもので、百を越える検証データの中からも、本質的なモノを正に端的に抽出して問題点も並べ立てた。報告者は言葉を失った。誰もフォローができない状態に陥った。しかし、教授は怒っている訳ではない。その報告の長所短所を見切って、次に何をすれば良いかを決めようじゃないか、という姿勢だった。見事。 帰りの新幹線の中で、何度もその報告書を見直した。何故、数ページでことの本質が分かってしまうのか。そのマジックは、きっと魔法ではなく、純粋に知識の蓄積の故なのだろう。Webの歴史が浅いとはいえ、流れ的にはソフトウェア工学からの影響は強く、「デザイン」という課題が増えただけとも考えられる。ソースコードに対する様々な実験や思想は既にソフトウェア工学では積み上げられているのだから、話の起点と方法論を聞けば、その行き着くところは予想できる部分が多いのかもしれない。 更に、学生や他教授のレポートを毎週見ているのだ。文書慣れしているのは確実である。報告者の気持ちまでも、読み取れるものなのかも知れない。学生の頃、いい加減に出したレポートがどんな風に見透かされていたのかを知らされる思いだ。 また、一般に、大学は企業と違って、収益と言う部分から離れて活動ができると思われがちだが、私と接点がある大学は皆、大学の予算とは別のところから予算を集めての研究も続けている。当然審査があり、評価があり、打ち切りもある。基本的な部分では企業と変わりはない。 ■ Webの世界を見つめるのに、その流れの中にいる方が見えるものと、見える時とがあると思う。また、岸辺に立った方が、見えるものと、見える時とがある。Webの世界は、今は少し自分達の立ち位置を再確認した方が良いような時期に来ているように思う。そう、急流の中からではなく、岸辺から。 世界制覇したと言われたIEのシェアが問題視され、数年間も機能追加されないブラウザへの不満も溜まっていて、そろそろ制作サイドも自分達のやり方を再整理した方が良いという話もチラホラと聞く。 大学は、従来のソフトウェア工学という分野を、言語仕様研究という枠からかなり離れて、使うユーザを直視するような「目」を持ち始めている。Web屋がユーザビリティに目を向け始めたのと同時期に、何に使われるのかどう使われるのかを課題として取上げ始めている。 エンジニアとデザイナのコラボレーション問題も、企業だと「我慢しろ」とか一言で済まされる問題を、大学では真っ向から取上げることもできる。何が理解を妨げるのか、何があれば理解が進むのか。入出力と関数やアルゴリズムの書き方だけを研究しても、「使われるシステム」を正しく構築できないことに、大学は気付き始めている。企業内部の方が目を背けている気さえする。 ■ 更に圧倒されたのが、プレゼンだった。「かっこいい~」と思わず口にしてしまうほどのプレゼンを見せられる。勿論全員ではない、それでも際立っている方が何人かいる。難しい単語が並んでいる画面に対して、平易な言葉で会場を沸かせながら、話を進める。大画面を前に舞台の中央まで出てきて、身振り手振りで説明する。見慣れている技術プレゼンとは明らかに異質だ。多分Appleの Jobs…

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大学

Ridualは今、複数の大学の中で次なる脱皮を目指して改良を重ねている。この言葉ほどドラマティックな動きではないけれど、止まっている訳ではない。産学連携プロジェクトとして Ver.2 の形を模索している。

この接点のおかげで、約十五年ぶりに大学という環境に近づけた。正直なところを書けば、大学と企業とには少し溝があるように思っていた。特にWeb系の話で言えば、企業は収益を上げることから逃れられず、凄いスピードで進む技術の波の中を突き進んでいる。先進性を重視し、時代を追い越そうとさえする進み方だ。かたや大学は、もう少し学術的にキチンとやることに重きを置いているような印象があった。少し時間の流れが違う空間。「学術的」という言葉を耳にする時、互いを隔てる、何かしら冷ややかな空気が感じ取れる。

しかし、ここ二年ばかりの間に触れた、「大学」は随分と違った印象を与えてくれた。先ずは、書類の消化速度。

幾つかの報告書を大学の教授達と一緒に見る機会が与えられた時のこと。ある教授は三十枚以上のパワーポイント書類をパラパラと見て、数枚めくっただけで、その報告書の核心を一言で批評した。少し私の本職と離れているせいもあって、余り熱も入れずにパラパラと項をめくっていた私は、ドキリとした。

その後に続くコメントは、その報告対象そのものの本質と、検証姿勢や方式全てに渡るもので、百を越える検証データの中からも、本質的なモノを正に端的に抽出して問題点も並べ立てた。報告者は言葉を失った。誰もフォローができない状態に陥った。しかし、教授は怒っている訳ではない。その報告の長所短所を見切って、次に何をすれば良いかを決めようじゃないか、という姿勢だった。見事。

帰りの新幹線の中で、何度もその報告書を見直した。何故、数ページでことの本質が分かってしまうのか。そのマジックは、きっと魔法ではなく、純粋に知識の蓄積の故なのだろう。Webの歴史が浅いとはいえ、流れ的にはソフトウェア工学からの影響は強く、「デザイン」という課題が増えただけとも考えられる。ソースコードに対する様々な実験や思想は既にソフトウェア工学では積み上げられているのだから、話の起点と方法論を聞けば、その行き着くところは予想できる部分が多いのかもしれない。

更に、学生や他教授のレポートを毎週見ているのだ。文書慣れしているのは確実である。報告者の気持ちまでも、読み取れるものなのかも知れない。学生の頃、いい加減に出したレポートがどんな風に見透かされていたのかを知らされる思いだ。

また、一般に、大学は企業と違って、収益と言う部分から離れて活動ができると思われがちだが、私と接点がある大学は皆、大学の予算とは別のところから予算を集めての研究も続けている。当然審査があり、評価があり、打ち切りもある。基本的な部分では企業と変わりはない。

Webの世界を見つめるのに、その流れの中にいる方が見えるものと、見える時とがあると思う。また、岸辺に立った方が、見えるものと、見える時とがある。Webの世界は、今は少し自分達の立ち位置を再確認した方が良いような時期に来ているように思う。そう、急流の中からではなく、岸辺から。

世界制覇したと言われたIEのシェアが問題視され、数年間も機能追加されないブラウザへの不満も溜まっていて、そろそろ制作サイドも自分達のやり方を再整理した方が良いという話もチラホラと聞く。

大学は、従来のソフトウェア工学という分野を、言語仕様研究という枠からかなり離れて、使うユーザを直視するような「目」を持ち始めている。Web屋がユーザビリティに目を向け始めたのと同時期に、何に使われるのかどう使われるのかを課題として取上げ始めている。

エンジニアとデザイナのコラボレーション問題も、企業だと「我慢しろ」とか一言で済まされる問題を、大学では真っ向から取上げることもできる。何が理解を妨げるのか、何があれば理解が進むのか。入出力と関数やアルゴリズムの書き方だけを研究しても、「使われるシステム」を正しく構築できないことに、大学は気付き始めている。企業内部の方が目を背けている気さえする。

更に圧倒されたのが、プレゼンだった。「かっこいい~」と思わず口にしてしまうほどのプレゼンを見せられる。勿論全員ではない、それでも際立っている方が何人かいる。難しい単語が並んでいる画面に対して、平易な言葉で会場を沸かせながら、話を進める。大画面を前に舞台の中央まで出てきて、身振り手振りで説明する。見慣れている技術プレゼンとは明らかに異質だ。多分Appleの Jobs CEO もこんな感じなのだろう。

でも極めて高度な技術解説とその進捗状況や適応分野予測を語っている。そして、少し日本人ぽくないプレゼンスタイルを見ながら気がついた。国際会議だ。語る言葉も心なし英語が多い。超一流の国際会議でのプレゼンの場で鍛えられた結果が目の前にあるのだ。

社内外でプレゼンをする機会は少しづつ増えてはいるが、プレゼンスタイルを切磋琢磨する場が多いかというと、そうだとは言えない。同じ層や似通った層の中でのプレゼンだからだ。でも、国際会議などは言わば「他流試合」なのだろう。特定の上司の顔色を見るのとは、次元が異なる。

最近、Webの話をする時に、自分の好きな現場の人間にばかり話してきたのかな、と考え始めてきた。現場と苦労を分かち合い、担当者と喧々諤々の議論をしながら、それでもWebが企業の看板である以上、何かしらの経営戦略と合わせることができない限り、期待できる成果が小さいことを言い続けてきた。でも、多くの場合悔し涙を噛みしめる。

お化粧直しだけでは本質は変わらないし、Webをお化粧直しと思っている間は、ユーザとの距離が縮まらずに効果も出にくい。WebのWebたる所以はユーザとの距離をコントロールできることだと思っている。意思さえあれば、雑誌もTVも飛び越えて対話ができてしまう。それがあるからWebは単なるグラフィックでもサーバ技術でもない。そして離れ難いほどにエキサイティングなのだ。

変わりつつある大学を見ていて(私が今迄固定概念に囚われていただけかもしれないが)、Web屋がデザイン用語ばかり話しても、経営層には届かなくて、結局自分達のやりたいことには到達できないのではないかと考えさせられる。無理してでも話す相手を変えて行かなければいけない時期なのか。

Web屋にマーケティング用語を話せという圧力は近年強くなっている。今は学術的言葉すら、活用できるようになって行っているのかもしれない。学ぶべきことが増えることは、苦しくも楽しい。精進、精進。

以上。/mitsui

ps.
プレゼンがあったのは、東大。一番驚いたのは、フランス料理屋が構内にある。800円から量が少な目の仏蘭西料理。乳母車に赤ん坊を乗せたお母さんが二人、少しリラックスして語り合い、昼間から赤ワインで乾杯する三十路の女性陣。なんだか日本ではないみたい。なんか良いなぁ。

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コラム No. 73 https://kimi-chikai.jp/column-73/ Mon, 29 Nov 2004 04:15:55 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=100 迷惑電話 自席の電話がなる。独特の間合いがあって、少し馴れ馴れしく、そして直通番号ではないと想定した話し方。部署名と私の名を告げて、お願いします、と言う。私ですと答えると、失礼しましたと言いつつ低姿勢の声に変わる。初めてお電話させて頂きます、とワザとイラつかせているかのような勿体回った言い回し。要件はお決まりの税金対策として都内のマンションを買いませんか、という話。ウンザリ。 「紹介させて頂きたくてお電話しました」という台詞を聞いた途端に、「興味ありませんので」と切る事にしている。受話器を耳から離して、ガチャというまでの一秒強の間に、相手が何かを言っている声が聞こえることもあるが、気にしないことに決めている。 後々の面倒を考えて、余り無下に扱うな、と上司から指示されたこともある。大変丁重にお断りする同僚も廻りにいないこともない。先方に切って良いですね、と何度も確認し、低姿勢そのもので五分間を消費する先輩も見たことがある。でも、付き合いきれないと判断した。何故道理が通らないことに誠意を示さなければならないのか。 勿論、私の行動パターンは怒りを買う。「おまえ、そりゃねーだろう!」としつこく嫌がらせ電話をかけてきた輩も居た。電話に対する礼儀を講釈し始めた本末転倒君も居た。「今日、そっちに行くからな!」と啖呵を切る輩も居た。受話器をたたき付けたくなるような怒りがこみ上げる。時間がたっても社名と名前を言える程腹立たしい。勿論誠意を示す気にはならない。そんな商売やめなさいよ、先ず。迷惑以外の何ものでもない。 ■ 私の電話番号と私の名前をセットで持っていて、それが何かしらの営業活動に使われているのなら、それは誰かがその情報を売買したと考えるのが筋だろう。それは名刺交換をした人かもしれないし、ネット上で何かに登録したものかもしれない。しかし、私に電話がかかって来て、無下に切ると、近くの電話が鳴る確率が高い。そして、同様の数秒の待ち時間があり、興味ありませんので、という声がする。大抵の場合、会社と部署ごとにソートされている名簿が先鋒の手元にあるのが見える。売ることを前提に収集された情報が組織的に集積されている。 そうした名簿がどれほどの値段で売買されるのか知らないが、個人情報ネット流失のときに話題になった金額では、数十万人で数万円というレベルだとも聞いた。個人としての情報提供者の懐に入るのは数千円を越えるとは思えない。そんなアブク銭を、そんなやり方で手にして嬉しいのか。 名簿を売って数千円を手にして、その結果、腐るほどの腐った電話が誰かを苦しめ、無下に扱うことで実際に殴りに来る輩もいるかもしれない、刺されてもおかしくない時代なのかもしれない。命に関わるケースは身近では知らないが、少なくとも、しつこいふざけた電話のおかげで、消えてしまったアイデアは一つや二つではない。 Ridualの開発が進まないことの理由にできるほどではないが、迷惑電話は決まって大切な思索の時や何かを急いで作っている最中にかかってくる。電話の主は、こちらが何をしているのか知っていてワザと心を乱す方式で迫ってくる。Ridualのような孤軍奮闘型プロジェクトでは、常にもやもやとしたイメージを追いかけるような毎日だ。アイデアが自分の心の何処かにあるのが分かっていながら、その尻尾さえ掴めないもどかしい毎日。そのアイデアがふざけた迷惑電話で、心の奥底に再び姿を消す。 私はWeb開発に於ける最大のキーワードは「時間」だと思っている。何であれ、時間を浪費させるものを「悪」だと決めて、それに対して勧善懲悪的に進むにはどうすれば良いか、と考えるように努めている。長時間ミーティングも、おバカなUIのおかげでイライラさせられるデータ入力も、誰かに聞かないと訳が分からないシステムも、読まれないと分かっているドキュメント作成も、全部可能な限り排除すべきだとして、排除しきれない部分で悶々とした毎日を送っている。Ridualも大元は、間接的業務の多さと煩雑さが、直接的業務(Web開発)の時間を圧迫しているという観点からスタートしている。 それが、全くの第三者が更に時間を奪おうとするのだ。「モモ」の時間泥棒とは次元が違う。もっと悪意がある。他人を自分の都合で扱って何が悪いと言う開き直りに近い嫌らしさが付きまとう。 ■ そして、この迷惑電話に対する嫌悪感で許せない事がもう一つある。Web案件に似ているところだ。 Webプロジェクトは最早黎明期の夢を追うようなモノではなく、ビジネスとしてキチンと成立させるべきものに育っているように私の目には映っている。それは、投資があり収穫があるという世界だ。そしてそうした現実をWeb屋の現場はひしひしと感じているにも拘らず、少ない投資で甘い汁を夢見る層は減っていない。そうしたプロジェクトに関わると少し気分が悪くなる。キチンと投資すべきところで投資しないで、何が刈り取れるのか。 迷惑電話が売ろうとしているものは、どんな物件か知らないが、不動産である。売買するには、それなりに役所が絡むような書類が必要だろうし、動く金額も小さくはない。れっきとした真っ当なビジネスだ。なのに、広告費をケチっている。 既存メディアに広告を打つ訳でもない、Webや口コミの流れを作る努力もしない。尋ねても答えられない経由で名簿を入手して、会社の自席に居るという状況を逆手にとって、電話をかけて勧誘する。誇れる素材なら正々堂々と広告して、そうしたものが売れる土壌を作れば良いじゃないか。 Web開発の何処に何を投資すれば良いのかを伝えているにも関わらず、Web屋の良心と変な「なぁなぁ態度」で仕様が膨らんでいく状況に似ている。断りにくい状況を理解しつつ逆手にとっている。収穫を得たいなら、不正な道や安易な道に進まずに、キチンと種を蒔けば良いのに。 迷惑電話に腹が立つのは、実は安直な道で安直に刈取ろうとする者への怒りなのかもしれない。こうした方法が通用しないということが早く常識になって欲しい。 以上。/mitsui…

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迷惑電話

自席の電話がなる。独特の間合いがあって、少し馴れ馴れしく、そして直通番号ではないと想定した話し方。部署名と私の名を告げて、お願いします、と言う。私ですと答えると、失礼しましたと言いつつ低姿勢の声に変わる。初めてお電話させて頂きます、とワザとイラつかせているかのような勿体回った言い回し。要件はお決まりの税金対策として都内のマンションを買いませんか、という話。ウンザリ。

「紹介させて頂きたくてお電話しました」という台詞を聞いた途端に、「興味ありませんので」と切る事にしている。受話器を耳から離して、ガチャというまでの一秒強の間に、相手が何かを言っている声が聞こえることもあるが、気にしないことに決めている。

後々の面倒を考えて、余り無下に扱うな、と上司から指示されたこともある。大変丁重にお断りする同僚も廻りにいないこともない。先方に切って良いですね、と何度も確認し、低姿勢そのもので五分間を消費する先輩も見たことがある。でも、付き合いきれないと判断した。何故道理が通らないことに誠意を示さなければならないのか。

勿論、私の行動パターンは怒りを買う。「おまえ、そりゃねーだろう!」としつこく嫌がらせ電話をかけてきた輩も居た。電話に対する礼儀を講釈し始めた本末転倒君も居た。「今日、そっちに行くからな!」と啖呵を切る輩も居た。受話器をたたき付けたくなるような怒りがこみ上げる。時間がたっても社名と名前を言える程腹立たしい。勿論誠意を示す気にはならない。そんな商売やめなさいよ、先ず。迷惑以外の何ものでもない。

私の電話番号と私の名前をセットで持っていて、それが何かしらの営業活動に使われているのなら、それは誰かがその情報を売買したと考えるのが筋だろう。それは名刺交換をした人かもしれないし、ネット上で何かに登録したものかもしれない。しかし、私に電話がかかって来て、無下に切ると、近くの電話が鳴る確率が高い。そして、同様の数秒の待ち時間があり、興味ありませんので、という声がする。大抵の場合、会社と部署ごとにソートされている名簿が先鋒の手元にあるのが見える。売ることを前提に収集された情報が組織的に集積されている。

そうした名簿がどれほどの値段で売買されるのか知らないが、個人情報ネット流失のときに話題になった金額では、数十万人で数万円というレベルだとも聞いた。個人としての情報提供者の懐に入るのは数千円を越えるとは思えない。そんなアブク銭を、そんなやり方で手にして嬉しいのか。

名簿を売って数千円を手にして、その結果、腐るほどの腐った電話が誰かを苦しめ、無下に扱うことで実際に殴りに来る輩もいるかもしれない、刺されてもおかしくない時代なのかもしれない。命に関わるケースは身近では知らないが、少なくとも、しつこいふざけた電話のおかげで、消えてしまったアイデアは一つや二つではない。

Ridualの開発が進まないことの理由にできるほどではないが、迷惑電話は決まって大切な思索の時や何かを急いで作っている最中にかかってくる。電話の主は、こちらが何をしているのか知っていてワザと心を乱す方式で迫ってくる。Ridualのような孤軍奮闘型プロジェクトでは、常にもやもやとしたイメージを追いかけるような毎日だ。アイデアが自分の心の何処かにあるのが分かっていながら、その尻尾さえ掴めないもどかしい毎日。そのアイデアがふざけた迷惑電話で、心の奥底に再び姿を消す。

私はWeb開発に於ける最大のキーワードは「時間」だと思っている。何であれ、時間を浪費させるものを「悪」だと決めて、それに対して勧善懲悪的に進むにはどうすれば良いか、と考えるように努めている。長時間ミーティングも、おバカなUIのおかげでイライラさせられるデータ入力も、誰かに聞かないと訳が分からないシステムも、読まれないと分かっているドキュメント作成も、全部可能な限り排除すべきだとして、排除しきれない部分で悶々とした毎日を送っている。Ridualも大元は、間接的業務の多さと煩雑さが、直接的業務(Web開発)の時間を圧迫しているという観点からスタートしている。

それが、全くの第三者が更に時間を奪おうとするのだ。「モモ」の時間泥棒とは次元が違う。もっと悪意がある。他人を自分の都合で扱って何が悪いと言う開き直りに近い嫌らしさが付きまとう。

そして、この迷惑電話に対する嫌悪感で許せない事がもう一つある。Web案件に似ているところだ。

Webプロジェクトは最早黎明期の夢を追うようなモノではなく、ビジネスとしてキチンと成立させるべきものに育っているように私の目には映っている。それは、投資があり収穫があるという世界だ。そしてそうした現実をWeb屋の現場はひしひしと感じているにも拘らず、少ない投資で甘い汁を夢見る層は減っていない。そうしたプロジェクトに関わると少し気分が悪くなる。キチンと投資すべきところで投資しないで、何が刈り取れるのか。

迷惑電話が売ろうとしているものは、どんな物件か知らないが、不動産である。売買するには、それなりに役所が絡むような書類が必要だろうし、動く金額も小さくはない。れっきとした真っ当なビジネスだ。なのに、広告費をケチっている。

既存メディアに広告を打つ訳でもない、Webや口コミの流れを作る努力もしない。尋ねても答えられない経由で名簿を入手して、会社の自席に居るという状況を逆手にとって、電話をかけて勧誘する。誇れる素材なら正々堂々と広告して、そうしたものが売れる土壌を作れば良いじゃないか。

Web開発の何処に何を投資すれば良いのかを伝えているにも関わらず、Web屋の良心と変な「なぁなぁ態度」で仕様が膨らんでいく状況に似ている。断りにくい状況を理解しつつ逆手にとっている。収穫を得たいなら、不正な道や安易な道に進まずに、キチンと種を蒔けば良いのに。

迷惑電話に腹が立つのは、実は安直な道で安直に刈取ろうとする者への怒りなのかもしれない。こうした方法が通用しないということが早く常識になって欲しい。

以上。/mitsui

ps.
昔、相手の言葉の中のキーワードをうまく用いて延々と対話するコンピュータがあったそうだ。対話をとぎれないように延々と引き伸ばす、というのはそれ程難しくないのかもしれない。そうした機器が今欲しい、会社に導入してもらいたい。迷惑電話がかかってきたら、そこに飛ばす。延々と話を聞いてあげる。そうですか、へぇー、ふーん、延々と話を引き伸ばす。電話代はかかるが、収穫はない。マンションを買うとも会おうとも言わないから。ノレンに腕押し応答機。どう誰か開発しません?

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コラム No. 72 https://kimi-chikai.jp/column-72/ Mon, 22 Nov 2004 04:13:53 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=98 月刊下水道 まだ夏のことだったが、いつもの電車の乗り込むと、二十台後半程の青年が立ちながら一生懸命雑誌を読みふけっていた。一見論文集調のその雑誌が気になって、チラチラと見てしまった。彼が閉じる瞬間に見えた雑誌名は、「月刊下水道」。少し我が目を疑った。 会社について、早速検索をした。あった。しかも、失礼ながら極めてまじめな雑誌だ。本当に失礼だと反省したが、最初に抱いたのは、「そんな月刊誌があるんだ」というもの。 次号を含めて最近の特集を紹介すると、以下のようになる: 2004年9月号「いま、下水道のPR」 下水道の日特別企画/海外で活躍する下水道ビジネス」特集 2004年10月号「日本の真ん中で、管路への愛をさけぶ」中部地域特集 2004年11月号「地域が求める下水道技術」九州地域特集 2004年12月号「推進・シールドの底力」特集 2005年1月号「新春特集/下水道ゼロの焦点 ―機能喪失と再生への道―」 「新春特別企画/魅力の下水道光ファイバーFTTH」 自分の専門性が上がってくると、自分の世界しか見えなくなる。そんな例だったのかもしれない。私はネットがなくては生きていけない体になったと公言するが、それよりも下水道の方が確実に大切だ。なくてはならない。二択を迫って、ネットを選ぶ人は居ないだろう。 しかも、その普及率においてインターネットは確実に及んでいない。上下水道のそれが日本は群を抜いていると、昔高校の時に習った。ライフラインの要となる上下水道の普及率を、地理の先生が自分の自慢話のように語っていたのを思い出す。 インターネットを「ネット」と呼ぶずっと前から、日本中に様々な「網(ネット)」が張り巡らされているのを思い出す。そういったモノに自分達の生活が支えられていたという当たり前のことを考えなくなっていた自分に気が付かされる。ネットって、現実や情報と人とを結びつける場なのに。最近仮想の方にばかり頭が寄っていた。 更に、ライフライン系はお役所的なイメージで捉えていたのだが、この雑誌の目次を見る限り、なんだか熱い。熱がこもっている。さすがに購入したところで理解できないだろうから中身は見ていないが、Webのページの次回予告の部分もかなり熱血な文書が踊る。いま、インターネットの雑誌で大真面目に「愛をさけぶ」と熱弁奮う人は少ないだろう。既刊の目次情報掲載も、通常の雑誌ページよりもキチンとしている(情報提供する意思が見える)気がする。編集者が熱いのか、読者が熱いのか、その両方なのか分からないけれど、少なくとも「死に体」の雑誌には見えない。 ■ そして、その読んでいた青年が何だか印象深い。全然オタクっぽくないし、そのまま真っ当な道を歩んでいくだろうと思わせる、昔ながらの好青年だった。何となく、Web業界の人たちと比べてしまう。彼がWebの本読んでたら、まともに見えすぎて、大丈夫かな…と心配になる気がする。この業界は、少しぶっ飛んでる部分があった方が有利の気が捨てきれない。 と、ここまで考えて、我がWeb業界を思い返して、少し不安になる。月刊下水道を読んでいた彼が、このまま電車の中でも勉強を続け、勤勉な技術者か監督者になって、家庭を築いて、平穏無事な生活を送るというのは、何となく想像できてしまう。大きなお世話なのは分かっているし、どの業界も人的移動は激しそうだから、そんなに安穏としたものではないだろうが、それでも多くの人の連なりでその業界が支えられて継続していく様が予想できる。 今、Web業界の人達を見て、彼らの(私のでもあるが)人生が何となくでも予想できるのだろうか。どの企業もそれなりのホームページを掲げるようにはなった。しかし、その道のプロとして、生活に根ざした「暮らし」を継続できるように、どれ位の人達が感じているのか。 当たり前に仕事に打ち込んで、上司から学び、友人から学び、部下に教え、それなりにウップン晴らしをして、結婚して(しなくても良いが)、子供と関わり(間接的ででもいいが)、社会と関わり、幼稚園や学校と関わり、ご近所さんと関わり、時々は真っ当な料理を食べ、時々は旅行を楽しみ、時々はオフラインを楽しみ、両親親戚と付き合い、甥っ子達にネットを教え、年金を計算し、老後を想い、時には早く帰って、時には庭掃除もする、そして当然自分の仕事に誇りを持つ、そんな当たり前の生活が先に見えているのだろうか。…

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月刊下水道

まだ夏のことだったが、いつもの電車の乗り込むと、二十台後半程の青年が立ちながら一生懸命雑誌を読みふけっていた。一見論文集調のその雑誌が気になって、チラチラと見てしまった。彼が閉じる瞬間に見えた雑誌名は、「月刊下水道」。少し我が目を疑った。

会社について、早速検索をした。あった。しかも、失礼ながら極めてまじめな雑誌だ。本当に失礼だと反省したが、最初に抱いたのは、「そんな月刊誌があるんだ」というもの。

次号を含めて最近の特集を紹介すると、以下のようになる:

  • 2004年9月号「いま、下水道のPR」
    下水道の日特別企画/海外で活躍する下水道ビジネス」特集
  • 2004年10月号「日本の真ん中で、管路への愛をさけぶ」中部地域特集
  • 2004年11月号「地域が求める下水道技術」九州地域特集
  • 2004年12月号「推進・シールドの底力」特集
  • 2005年1月号「新春特集/下水道ゼロの焦点 ―機能喪失と再生への道―」
    「新春特別企画/魅力の下水道光ファイバーFTTH」

自分の専門性が上がってくると、自分の世界しか見えなくなる。そんな例だったのかもしれない。私はネットがなくては生きていけない体になったと公言するが、それよりも下水道の方が確実に大切だ。なくてはならない。二択を迫って、ネットを選ぶ人は居ないだろう。

しかも、その普及率においてインターネットは確実に及んでいない。上下水道のそれが日本は群を抜いていると、昔高校の時に習った。ライフラインの要となる上下水道の普及率を、地理の先生が自分の自慢話のように語っていたのを思い出す。

インターネットを「ネット」と呼ぶずっと前から、日本中に様々な「網(ネット)」が張り巡らされているのを思い出す。そういったモノに自分達の生活が支えられていたという当たり前のことを考えなくなっていた自分に気が付かされる。ネットって、現実や情報と人とを結びつける場なのに。最近仮想の方にばかり頭が寄っていた。

更に、ライフライン系はお役所的なイメージで捉えていたのだが、この雑誌の目次を見る限り、なんだか熱い。熱がこもっている。さすがに購入したところで理解できないだろうから中身は見ていないが、Webのページの次回予告の部分もかなり熱血な文書が踊る。いま、インターネットの雑誌で大真面目に「愛をさけぶ」と熱弁奮う人は少ないだろう。既刊の目次情報掲載も、通常の雑誌ページよりもキチンとしている(情報提供する意思が見える)気がする。編集者が熱いのか、読者が熱いのか、その両方なのか分からないけれど、少なくとも「死に体」の雑誌には見えない。

そして、その読んでいた青年が何だか印象深い。全然オタクっぽくないし、そのまま真っ当な道を歩んでいくだろうと思わせる、昔ながらの好青年だった。何となく、Web業界の人たちと比べてしまう。彼がWebの本読んでたら、まともに見えすぎて、大丈夫かな…と心配になる気がする。この業界は、少しぶっ飛んでる部分があった方が有利の気が捨てきれない。

と、ここまで考えて、我がWeb業界を思い返して、少し不安になる。月刊下水道を読んでいた彼が、このまま電車の中でも勉強を続け、勤勉な技術者か監督者になって、家庭を築いて、平穏無事な生活を送るというのは、何となく想像できてしまう。大きなお世話なのは分かっているし、どの業界も人的移動は激しそうだから、そんなに安穏としたものではないだろうが、それでも多くの人の連なりでその業界が支えられて継続していく様が予想できる。

今、Web業界の人達を見て、彼らの(私のでもあるが)人生が何となくでも予想できるのだろうか。どの企業もそれなりのホームページを掲げるようにはなった。しかし、その道のプロとして、生活に根ざした「暮らし」を継続できるように、どれ位の人達が感じているのか。

当たり前に仕事に打ち込んで、上司から学び、友人から学び、部下に教え、それなりにウップン晴らしをして、結婚して(しなくても良いが)、子供と関わり(間接的ででもいいが)、社会と関わり、幼稚園や学校と関わり、ご近所さんと関わり、時々は真っ当な料理を食べ、時々は旅行を楽しみ、時々はオフラインを楽しみ、両親親戚と付き合い、甥っ子達にネットを教え、年金を計算し、老後を想い、時には早く帰って、時には庭掃除もする、そして当然自分の仕事に誇りを持つ、そんな当たり前の生活が先に見えているのだろうか。

そんな生活はクールでないと突っぱねる業界人たちも多いだろう。私は古いのかもしれないが、晴れた休日に布団を干して、取り入れてフカフカなうちに倒れ込む時に幸せを感じる。子供とボードゲームをやったり、親父ギャグに苦笑されたり、そんな瞬間にも幸せを感じる。カッコイイ見た目とか、最新の技術とか、それらに囲まれている時も幸せだが、フカフカ布団も捨てきれない。

既存の「網」に携わる人達には、そんな生活が感じられる。一次的な関わりではないかもしれないが、「網」の周りの人達だって、水道屋さんも、ガス屋さんも、電気屋さんも、みんな生活は豊かではないかもしれないが、当たり前の暮らしの匂いがする。でも、Web屋には生活の匂いが希薄だ。クールという言葉で何もかもを表しているうちに、足が地から離れてしまっている気がする。

先日、業界の最前線にいる若手の方と話しをした。色々話したけれど、最後にこの種の話をした。彼は、「そもそもWeb業界ってあるんですかね」と、真顔で聞いた。寒気がした。あると思っていること自体が幻想なのか。

「業界」と呼べるのは、それなりに人が入り、出て、教育があり、進歩と競争がある世界だろう。Web業界はこれら前半のバランスを欠いているように見える。1997年頃からが日本のWeb界のスタートだとしたら、そろそろ8年目に入ろうとしている。一部の企業だけが成功しているだけでは、業界そのものがバブルだったと言われかねない。

けれど、企業にとってのWebの必要性は増している。今後の情報共有のスタイルとして、ネットは不可欠だ。それにはノウハウが必要で、その蓄積も、人材的な蓄積も必要とされている。それらは生活苦の中からは生まれない。ニーズが見えているのに地盤が脆そうだ。何か地に足が着いていない感覚が拭えない。

既存「網」業界にいて電車で勉強を続ける青年と、バリバリのネット最前線に居ながら不安感を消せない若手。全く無関係な二人の姿に、ため息が出てしまうのは、私が悲観的過ぎるのだろうか。でも、今のうちに何か確たる土台を築いて行かなければならない気がする。ネットにワクワクする人たちが今よりも熱くなれた時代を知っている私たちの仕事だろう。

以上。/mitsui

ref.月刊下水道
http://www.kankyo-news.co.jp/gesui/index.html

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コラム No. 71 https://kimi-chikai.jp/column-71/ Tue, 16 Nov 2004 04:12:58 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=96 種蒔き:場とコンテンツ USの某マルチメディア企業のプライベート・カンファレンスに参加してきた。三日間、朝から晩までセミナー漬け(初日は8:00-22:30、少々殺人的)。今回はカンファレンスの内容ではなく、その環境について感じたことを。 ここ数年、年に1~2度、海外のカンファレンスに参加させてもらっている。名の知れた大都市ばかりだが、行く度に感心させられることがある。それは会場。大抵の都市に、その中心付近に幕張メッセ並みの施設がある。しかも、それは最新の施設ではなく、それなりに歴史が刻まれていそうな風情で存在している。 建物としての古さは、参加者としてはさして気にならない。エレベータとかトイレはさすがに古いとは感じるが、音響もネットも最新になっているので低評価材料にはならない。むしろ、カンファレンスなりセミナーなりのコミュニケーションが、それなりの形で開き易くなっているように見えて羨ましい。 最近、RIAコンソーシアム等でセミナー開催などに関係するようになって、会場探しに困っているので、尚のことそう思う。経費の比較的安い古い会場はネットや音響、それにプロジェクタがそれなりに貧相だ。設備の充実している所は、それなりに高い。小規模の勉強会をしたい場合や大規模に集客したい場合など、ニーズは様々だけれど、毎回苦労するのは都心の会場選び。 古びた会場の壁を眺めながら、USはこうした施設を早くから作って、こうしたコミュニケーションの場を広く提供してきたんだなぁと想う。どんな大きな会場でも講演者に質問を投げかけられる米国人は、USの教育方針に依るものだとばかり想ってきたが、こうした「場」が一般的に使われている、というのも一因なのかもしれない。 奇しくも、そのカンファレンスのキーノートで語られた言葉は「対話」。従来その企業は独自に機能開発を進めて新製品や新版をリリースする、という手法で業界をリードしてきた。しかし最近それを修正していると言う。顧客と話す時間をとり、β版(或いはα版)を提供して、満足度調査をする。しかもそれを繰り返し、複数の顧客を回っている、と。少々独善的な機能追加が気になっていただけに少し驚き、かなり感動した。 ■ 良いモノを作り続けるには、やはりアイデアの枯渇が最大の敵だろう。その一番の良薬はコミュニケーションではないだろうか。一人のアイデアマンが吐き出せるアイデアには自ずと限界がある。様々な意見に触れ合う場所を、仮想的な場だけでなく、現実の場でも持とうとする時、その実現の敷居が低ければアクションに移しやすい。 建物だけ作って魂入れず、というのは日本的な手法を否定的に言う時によく使われる言葉だ。しかし残念ながら、「対話」の場所としての「建物」は余り作られずに来たのかもしれない。箱(建物)さえあれば、もっと様々な交流が生まれる土壌ができているだろうに。ネットのような凄いスピードで変わり行く急流の時代には、そのような先見の明のなさが悔やまれる。 世界一土地代の高い国だから、低料金で使えるコンベンションセンターを作るのは無理だったのかもしれない。逆に維持費とか回転率とかの理論で、税金をそうしたところに投入することに勇気が必要だったのかもしれない。でも、何かを活性化する支援土壌としては、そういう種蒔きが欲しくなる。 場がないから気軽に集れない。集らないから場が作られない。卵と鶏の議論ではあるけれど、各種セミナーの動向を見ていると、今は場がないことが何か活性化に対する足枷になっているように感じる。「遠くの大規模展示会より、近くのプライベートセミナー」、と望む声が強まっている。 ■ USに行く度に感じるもう一つのことは、各種コンテンツへのアクセスを身近に感じること。カンファレンスやセミナーがリアルタイムの「対話」であるなら、DVDやCDなどは時間を越えた対話だと思う。日本でのDVD等の値段が下がってきているとは言え、やはりUSの方が安い。日本語訳という工程が入るので割高なのはある程度はしょうがないが、解せないのは、日本の名作がUSの方が安いという事実だ。 今回は、US仕様の「七人の侍」を買ってきた。私は家ではMacユーザで追加のDVDドライブをリージョンコード1にしているので、視聴には何も障害がない。新作ではないので、リージョンコードの理論にも抵触しない。そもそも日本映画なので、日本語が入っている。それが三千円程度で売られている。 恥ずかしながら、私はこの名作を三十路を過ぎてから見た。今まで見なかったことを心底恥じたし、もっと早く触れていたら人生が変わったようにさえ思った。そして、自分の怠慢を棚に上げ、こうした名作コンテンツに気軽に触れさせない価格帯に腹を立てた。 黒澤作品だけでなく、日本映画は洋画に比べて、気軽に所有する気になれない価格のものが多い。それがUSでは安い。更に大都市では、図書館も充実していて、名作映画などは勉強する意思があれば、洋の東西を問わずにほぼ無料で見ることができるという。羨ましいとしか言い様がない。 日本に居ながら、日本名作に触れる敷居が高い。こんなに勿体無いことはない。 私は漫画とか映画に沢山のことを教えられてきたので、学校の授業に一回/週で良いので、名作鑑賞の時間を義務付けるべきだとすら考えている。年相応に、国際的にも誇れる名作で見ておくべき作品が多々ある。黒澤作品もジブリ作品も然りである。 どんな有能な先生でも、名作映画に込められた情熱に勝るものを、同じ2時間程度で語り続けるのは不可能ではないだろうか。子供たちの情操教育とかユトリ教育とか理論的な進め方よりも、週に一回学校を映画館にして、思いっきり笑わせ、泣かせ、感動させた方が手っ取り早く堅実だと思う。…

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種蒔き:場とコンテンツ

USの某マルチメディア企業のプライベート・カンファレンスに参加してきた。三日間、朝から晩までセミナー漬け(初日は8:00-22:30、少々殺人的)。今回はカンファレンスの内容ではなく、その環境について感じたことを。

ここ数年、年に1~2度、海外のカンファレンスに参加させてもらっている。名の知れた大都市ばかりだが、行く度に感心させられることがある。それは会場。大抵の都市に、その中心付近に幕張メッセ並みの施設がある。しかも、それは最新の施設ではなく、それなりに歴史が刻まれていそうな風情で存在している。

建物としての古さは、参加者としてはさして気にならない。エレベータとかトイレはさすがに古いとは感じるが、音響もネットも最新になっているので低評価材料にはならない。むしろ、カンファレンスなりセミナーなりのコミュニケーションが、それなりの形で開き易くなっているように見えて羨ましい。

最近、RIAコンソーシアム等でセミナー開催などに関係するようになって、会場探しに困っているので、尚のことそう思う。経費の比較的安い古い会場はネットや音響、それにプロジェクタがそれなりに貧相だ。設備の充実している所は、それなりに高い。小規模の勉強会をしたい場合や大規模に集客したい場合など、ニーズは様々だけれど、毎回苦労するのは都心の会場選び。

古びた会場の壁を眺めながら、USはこうした施設を早くから作って、こうしたコミュニケーションの場を広く提供してきたんだなぁと想う。どんな大きな会場でも講演者に質問を投げかけられる米国人は、USの教育方針に依るものだとばかり想ってきたが、こうした「場」が一般的に使われている、というのも一因なのかもしれない。

奇しくも、そのカンファレンスのキーノートで語られた言葉は「対話」。従来その企業は独自に機能開発を進めて新製品や新版をリリースする、という手法で業界をリードしてきた。しかし最近それを修正していると言う。顧客と話す時間をとり、β版(或いはα版)を提供して、満足度調査をする。しかもそれを繰り返し、複数の顧客を回っている、と。少々独善的な機能追加が気になっていただけに少し驚き、かなり感動した。

良いモノを作り続けるには、やはりアイデアの枯渇が最大の敵だろう。その一番の良薬はコミュニケーションではないだろうか。一人のアイデアマンが吐き出せるアイデアには自ずと限界がある。様々な意見に触れ合う場所を、仮想的な場だけでなく、現実の場でも持とうとする時、その実現の敷居が低ければアクションに移しやすい。

建物だけ作って魂入れず、というのは日本的な手法を否定的に言う時によく使われる言葉だ。しかし残念ながら、「対話」の場所としての「建物」は余り作られずに来たのかもしれない。箱(建物)さえあれば、もっと様々な交流が生まれる土壌ができているだろうに。ネットのような凄いスピードで変わり行く急流の時代には、そのような先見の明のなさが悔やまれる。

世界一土地代の高い国だから、低料金で使えるコンベンションセンターを作るのは無理だったのかもしれない。逆に維持費とか回転率とかの理論で、税金をそうしたところに投入することに勇気が必要だったのかもしれない。でも、何かを活性化する支援土壌としては、そういう種蒔きが欲しくなる。

場がないから気軽に集れない。集らないから場が作られない。卵と鶏の議論ではあるけれど、各種セミナーの動向を見ていると、今は場がないことが何か活性化に対する足枷になっているように感じる。「遠くの大規模展示会より、近くのプライベートセミナー」、と望む声が強まっている。

USに行く度に感じるもう一つのことは、各種コンテンツへのアクセスを身近に感じること。カンファレンスやセミナーがリアルタイムの「対話」であるなら、DVDやCDなどは時間を越えた対話だと思う。日本でのDVD等の値段が下がってきているとは言え、やはりUSの方が安い。日本語訳という工程が入るので割高なのはある程度はしょうがないが、解せないのは、日本の名作がUSの方が安いという事実だ。

今回は、US仕様の「七人の侍」を買ってきた。私は家ではMacユーザで追加のDVDドライブをリージョンコード1にしているので、視聴には何も障害がない。新作ではないので、リージョンコードの理論にも抵触しない。そもそも日本映画なので、日本語が入っている。それが三千円程度で売られている。

恥ずかしながら、私はこの名作を三十路を過ぎてから見た。今まで見なかったことを心底恥じたし、もっと早く触れていたら人生が変わったようにさえ思った。そして、自分の怠慢を棚に上げ、こうした名作コンテンツに気軽に触れさせない価格帯に腹を立てた。

黒澤作品だけでなく、日本映画は洋画に比べて、気軽に所有する気になれない価格のものが多い。それがUSでは安い。更に大都市では、図書館も充実していて、名作映画などは勉強する意思があれば、洋の東西を問わずにほぼ無料で見ることができるという。羨ましいとしか言い様がない。

日本に居ながら、日本名作に触れる敷居が高い。こんなに勿体無いことはない。
私は漫画とか映画に沢山のことを教えられてきたので、学校の授業に一回/週で良いので、名作鑑賞の時間を義務付けるべきだとすら考えている。年相応に、国際的にも誇れる名作で見ておくべき作品が多々ある。黒澤作品もジブリ作品も然りである。

どんな有能な先生でも、名作映画に込められた情熱に勝るものを、同じ2時間程度で語り続けるのは不可能ではないだろうか。子供たちの情操教育とかユトリ教育とか理論的な進め方よりも、週に一回学校を映画館にして、思いっきり笑わせ、泣かせ、感動させた方が手っ取り早く堅実だと思う。

ここ数年、日本は、コンテンツを資産として考える方針に傾きつつある。それは取りも直さず、如何に良いモノを生産し続けるかという課題を抱えることでもある。いつまでも過去の資産維持管理をして儲ける訳にもいかない。

対話の場と、名作コンテンツの常識化。気の長いこうした種蒔きが堅実な実を結ぶ最短路かもしれない。

少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。

聖書:コリント人への手紙 第二 9章6節

以上。/mitsui

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コラム No. 70 https://kimi-chikai.jp/column-70/ Tue, 09 Nov 2004 04:11:47 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=94 トロン トロンと聞いて心の中で「頑張れ」と呟く業界人は未だいるように思う。 十年程前この国産OSを学校に導入する計画があった。それに対して輸入障壁だと異議を唱える「外圧」によって、この計画はあっけなく頓挫する 。この時点で、トロン支援派は三つのグループに分かれる。トロン支持層、国産支持層、そしてその外圧母体を嫌うが故の支持層。 トロンは国産という「ブランド」がなくても充分に興味深い機能を持っていて、トロン支持層はかなり強固なものだと言って良い。しかし、この頓挫が響き、パソコンOSとしての表舞台からは事実上消えていった。でも、年に一度は取り上げる雑誌が現れ、PDA用OSとして現れたり、ファンの期待感を維持してきた。 トロンの特徴の第一は、その軽さ。より重厚に、より高性能CPU的に、と深化を続ける業界にあって、トロンは明らかに異なる方向性を持っていた。そして、トロンは適応分野によって幾つかに分化する。その中で、最も軽さに着目して進んでいったのが、現在「Tエンジン」と呼ばれるモノであり、「組込み」の世界での標準と呼ばれる地位に達している(シェア9割以上)。 私達の生活を支えてくれるモノには、CPUや消費電力がかなり小さいのに、ある程度の演算処理をしてくれるモノが多数存在する。その標準インフラにトロンは事実上なっている。代表はRFID、IDタグと言ったほうが分かりやすいか。究極的には全てのモノにこのRFIDがついていて、ある決まった手続きに沿った尋ね方をすると答えが返ってくる世の中を目指す。野菜に聴けば、生産者を答えてくれ、牛乳に聴けば生産日を答えてくれる。自分が身につければ、かなり柔軟な自己紹介マシンになり、セキュリティ系にも活用できる。 そうした状態をユビキタスと呼ぶ。鳥や虫の声を聴いて、庄屋の娘の命を救う「聞き耳頭巾(ききみみずきん)」状態と言ってもいいのかもしれない。ユビキタスをどこでも通信できる、ネットできると解釈するよりは現実味があるように感じる。何しろ、そのIDタグの単価が凄いスピードで下がっているからだ。全製品に行き渡るには時間がかかるだろうが、限定的な実現は全然夢物語ではなくなってきている。 ■ そんな話を、Macromedia Flash Conference 204(2004/10/22)のキーノートで坂村教授が熱く語っていた。Flashとトロン、その接点は「組込み」。既に多くのデバイスにFlash Playerは搭載されている。液晶さえあれば、様々なユーザインターフェイス(UI)がFlashだけで作れてしまう。軽さを目指す分野のベストマッチングの好例と言える。 でも、坂村氏のメッセージは、そんな技術動向の紹介ではなかった。デザイナに対する新しい分野への「お誘い」だった。 自分の身の回りにある全てのモノが自分が何物であるかを自己紹介しだす世界、交差点自体が自分がどことどこの接点であるかを説明できる世界、商品にかざせばそのCM映像がその場で見れる世界。RFIDはそんな世界の入り口であり、現時点で基本動作はしている状態だ。そこで、そうした情報を、どのように「伝える」のか。子供だましのオモチャが録音テープをオウム返しする状態は期待されていない。自己表現する物体を人間が分かりやすく受け取れるようにする「フィルタ」が必要になってくる。情報の視覚化というUI。 情報の視覚化というとグラフを頭に浮かべる方も多いだろう。多くの数字データを一目で分からせるには、棒グラフやパイチャートが良く使われる。では、天気予報系だとどうだろう。晴れを「晴れ」と書くよりは、太陽マークの方が伝わり易い。では、その配置はどうだろうか。…そう考えると実は多くのデザイン要素が絡み合って、「分かり易さ」は構成されている。 聞き耳頭巾ON状態は、膨大な情報に囲まれることを意味している。しかし、そのままでは人間は判断に疲れてしまう。判断を支援するツールが必ずや求められる。その発想は、数値データの正確さを求め続けるエンジニア系からは生まれない。ユーザビリティや使いやすさを求めるデザイナの領域から生まれてくる。そんな読みの下でのお誘いだろう。 但し、実際にその会場には、6割強がデザイナ系、3割ちょっとがエンジニア系だったと思うが、半分ほどが睡魔に負けていたように思う。自分達とは関係のない話に映ったのだろう。ボタン配置系の画面設計や画像編集系の人には、そう見えるのかもしれない。 それでも1割強の人達は目を輝かせてステージを見つめていただろう。次の世界をもう夢想し始めている人達が何人もいたはずだ。大きな種まきの瞬間だったように思う。…

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トロン

トロンと聞いて心の中で「頑張れ」と呟く業界人は未だいるように思う。 十年程前この国産OSを学校に導入する計画があった。それに対して輸入障壁だと異議を唱える「外圧」によって、この計画はあっけなく頓挫する 。この時点で、トロン支援派は三つのグループに分かれる。トロン支持層、国産支持層、そしてその外圧母体を嫌うが故の支持層。

トロンは国産という「ブランド」がなくても充分に興味深い機能を持っていて、トロン支持層はかなり強固なものだと言って良い。しかし、この頓挫が響き、パソコンOSとしての表舞台からは事実上消えていった。でも、年に一度は取り上げる雑誌が現れ、PDA用OSとして現れたり、ファンの期待感を維持してきた。

トロンの特徴の第一は、その軽さ。より重厚に、より高性能CPU的に、と深化を続ける業界にあって、トロンは明らかに異なる方向性を持っていた。そして、トロンは適応分野によって幾つかに分化する。その中で、最も軽さに着目して進んでいったのが、現在「Tエンジン」と呼ばれるモノであり、「組込み」の世界での標準と呼ばれる地位に達している(シェア9割以上)。

私達の生活を支えてくれるモノには、CPUや消費電力がかなり小さいのに、ある程度の演算処理をしてくれるモノが多数存在する。その標準インフラにトロンは事実上なっている。代表はRFID、IDタグと言ったほうが分かりやすいか。究極的には全てのモノにこのRFIDがついていて、ある決まった手続きに沿った尋ね方をすると答えが返ってくる世の中を目指す。野菜に聴けば、生産者を答えてくれ、牛乳に聴けば生産日を答えてくれる。自分が身につければ、かなり柔軟な自己紹介マシンになり、セキュリティ系にも活用できる。

そうした状態をユビキタスと呼ぶ。鳥や虫の声を聴いて、庄屋の娘の命を救う「聞き耳頭巾(ききみみずきん)」状態と言ってもいいのかもしれない。ユビキタスをどこでも通信できる、ネットできると解釈するよりは現実味があるように感じる。何しろ、そのIDタグの単価が凄いスピードで下がっているからだ。全製品に行き渡るには時間がかかるだろうが、限定的な実現は全然夢物語ではなくなってきている。

そんな話を、Macromedia Flash Conference 204(2004/10/22)のキーノートで坂村教授が熱く語っていた。Flashとトロン、その接点は「組込み」。既に多くのデバイスにFlash Playerは搭載されている。液晶さえあれば、様々なユーザインターフェイス(UI)がFlashだけで作れてしまう。軽さを目指す分野のベストマッチングの好例と言える。

でも、坂村氏のメッセージは、そんな技術動向の紹介ではなかった。デザイナに対する新しい分野への「お誘い」だった。

自分の身の回りにある全てのモノが自分が何物であるかを自己紹介しだす世界、交差点自体が自分がどことどこの接点であるかを説明できる世界、商品にかざせばそのCM映像がその場で見れる世界。RFIDはそんな世界の入り口であり、現時点で基本動作はしている状態だ。そこで、そうした情報を、どのように「伝える」のか。子供だましのオモチャが録音テープをオウム返しする状態は期待されていない。自己表現する物体を人間が分かりやすく受け取れるようにする「フィルタ」が必要になってくる。情報の視覚化というUI。

情報の視覚化というとグラフを頭に浮かべる方も多いだろう。多くの数字データを一目で分からせるには、棒グラフやパイチャートが良く使われる。では、天気予報系だとどうだろう。晴れを「晴れ」と書くよりは、太陽マークの方が伝わり易い。では、その配置はどうだろうか。…そう考えると実は多くのデザイン要素が絡み合って、「分かり易さ」は構成されている。

聞き耳頭巾ON状態は、膨大な情報に囲まれることを意味している。しかし、そのままでは人間は判断に疲れてしまう。判断を支援するツールが必ずや求められる。その発想は、数値データの正確さを求め続けるエンジニア系からは生まれない。ユーザビリティや使いやすさを求めるデザイナの領域から生まれてくる。そんな読みの下でのお誘いだろう。

但し、実際にその会場には、6割強がデザイナ系、3割ちょっとがエンジニア系だったと思うが、半分ほどが睡魔に負けていたように思う。自分達とは関係のない話に映ったのだろう。ボタン配置系の画面設計や画像編集系の人には、そう見えるのかもしれない。

それでも1割強の人達は目を輝かせてステージを見つめていただろう。次の世界をもう夢想し始めている人達が何人もいたはずだ。大きな種まきの瞬間だったように思う。

IDタグの製造コストが下がり、reader/writerの環境がそろい、より詳細な情報を配信するサーバの構想が進み、あとはUIを待つばかりの状態といっても良い。しかも、これら全てが一緒に完成し始めないと動かない流れが、見える。

これはデザイナとエンジニアの双方にとって、チャンスであり分かれ道である。今まで無関係と思ってきた新しい世界に足を踏み入れるのか、それとも今できることに執着して留まるのか。新しく見える世界を一過性の流行のように捉えて留まるのか、人生を賭けるような動きをするのか。今後の世界がどう変わって行くのかをどう判断し自分の進む道を決断するかを見定める必要が出てきている。

今まで、ネットと呼ばれるものは、何かにアクセスしていく「先」にあるものというイメージがある。RFIDの世界は、自分の周りに既に「ネット」が存在することを自覚させる。何かしらのセンサーがありさえすれば、自分の周りが様々な自己主張の声に満たされているのが見えるのだ。それがどれだけ便利なのか、どれだけ必要なのか、どれだけ実現すべきなのか、考え始めても良い時期かもしれない。

この十年のネットの進歩を考えると、今後の十年で「ネット」と呼ばれるものの概念自体に変化がきても不思議ではない。その時、デザイナは何処に立つのだろう、エンジニアは?

以上。/mitsui

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