kimi-chikai.jp https://kimi-chikai.jp Fri, 29 May 2020 10:50:10 +0000 en-US hourly 1 https://wordpress.org/?v=5.3.3 https://kimi-chikai.jp/wp-content/uploads/2019/03/cropped-er-1-1-1-32x32.png kimi-chikai.jp https://kimi-chikai.jp 32 32 花より男子は海外でも大ヒット。でも実は1995年に映画化されていた⁈ https://kimi-chikai.jp/boys-over-flower/ https://kimi-chikai.jp/boys-over-flower/#respond Fri, 29 May 2020 10:50:09 +0000 https://kimi-chikai.jp/?p=164 神尾葉子原作の少女漫画『花より男子』は、2005年、2007年にドラマ化されて大ヒットした作品!もう10年以上も前なのに、今も強く印象に残っている人も多いはず。 原作は『マーガレット』(集英社)で1992年から2004年まで連載されました。 花より男子 第1シリーズは、2005年10月21日から12月16日まで放送。一般家庭で育った主人公・牧野つくし(井上真央)が裕福な生徒の通う学園に入学してしまい、『F4(エフ フォー)』と呼ばれる御曹司グループのリーダー・道明寺司(松本潤)との恋愛が展開されるストーリー。 秋クールNo.1ヒットとなり、また平均視聴率も2005年放送全ドラマの中で4位を記録しました。 そして第2シリーズの『花より男子2(リターンズ)』は、2007年1月5日から3月16日まで放送。続編を望む視聴者の熱い要望に答える形で戻ってきました! 道明寺をニューヨーク留学に送り出してから1年後、つくしは英徳学園の3年生に進級します。花沢類(小栗旬)、西川総二郎(松田翔太)、美作あきら(阿部力)の3人は英徳大学に進学。 家族はまだ、娘と司のカップルが遠距離恋愛を続けているものだと思っていますが、じつは連絡が途絶えてから数ヶ月が経っていました。そして単身つくしがニューヨークを訪れるところから、物語はスタート! そして最後を飾ったのが2008年に公開された映画『花より男子F(ファイナル)』です! 最終話の卒業プロムの4年後、結婚を控えたつくしと司が、ある大事件に巻き込まれるというもの。映画版はドラマと違い、原作漫画のエピソードを使わず、サスペンスの要素が加えられた完全オリジナル脚本を採用しています。主演の井上真央さんと松本潤さんをはじめ、各キャストが続投。ラスベガスや香港を駆け巡る壮大なスケールです! 興行初日の2008年6月28日、29日の2日間で観客動員80万5350人、興行収入10億579万8910円を達成! 最終的な興行収入は77億5000万円で、これは外国映画も含めて2008年の日本の興行収入ランキングでは『崖の上のポニョ』に次ぐ2位となりました。花男の人気は底知れず…! 主題歌は全て嵐が担当。第1シリーズは「WISH」、第2シリーズは「Love so sweet」、そして映画は「One Love」。どれもハートフルで、今も聞き返したくなる名曲!全てロングヒットとなり、オリコンで1位を獲得しました。 そして主題歌以外にも有名になったのは挿入歌。第1シリーズでは大塚愛さんの「プラネタリウム」、第2シリーズでは宇多田ヒカルさんの「Flavor Of Life…

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神尾葉子原作の少女漫画『花より男子』は、2005年、2007年にドラマ化されて大ヒットした作品!もう10年以上も前なのに、今も強く印象に残っている人も多いはず。

原作は『マーガレット』(集英社)で1992年から2004年まで連載されました。

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花より男子

第1シリーズは、2005年10月21日から12月16日まで放送。一般家庭で育った主人公・牧野つくし(井上真央)が裕福な生徒の通う学園に入学してしまい、『F4(エフ フォー)』と呼ばれる御曹司グループのリーダー・道明寺司(松本潤)との恋愛が展開されるストーリー。

秋クールNo.1ヒットとなり、また平均視聴率も2005年放送全ドラマの中で4位を記録しました。

そして第2シリーズの『花より男子2(リターンズ)』は、2007年1月5日から3月16日まで放送。続編を望む視聴者の熱い要望に答える形で戻ってきました!

道明寺をニューヨーク留学に送り出してから1年後、つくしは英徳学園の3年生に進級します。花沢類(小栗旬)、西川総二郎(松田翔太)、美作あきら(阿部力)の3人は英徳大学に進学。

家族はまだ、娘と司のカップルが遠距離恋愛を続けているものだと思っていますが、じつは連絡が途絶えてから数ヶ月が経っていました。そして単身つくしがニューヨークを訪れるところから、物語はスタート!

そして最後を飾ったのが2008年に公開された映画『花より男子F(ファイナル)』です!

最終話の卒業プロムの4年後、結婚を控えたつくしと司が、ある大事件に巻き込まれるというもの。映画版はドラマと違い、原作漫画のエピソードを使わず、サスペンスの要素が加えられた完全オリジナル脚本を採用しています。主演の井上真央さんと松本潤さんをはじめ、各キャストが続投。ラスベガスや香港を駆け巡る壮大なスケールです!

興行初日の2008年6月28日、29日の2日間で観客動員80万5350人、興行収入10億579万8910円を達成!

最終的な興行収入は77億5000万円で、これは外国映画も含めて2008年の日本の興行収入ランキングでは『崖の上のポニョ』に次ぐ2位となりました。花男の人気は底知れず…!

主題歌は全て嵐が担当。第1シリーズは「WISH」、第2シリーズは「Love so sweet」、そして映画は「One Love」。どれもハートフルで、今も聞き返したくなる名曲!全てロングヒットとなり、オリコンで1位を獲得しました。

そして主題歌以外にも有名になったのは挿入歌。第1シリーズでは大塚愛さんの「プラネタリウム」、第2シリーズでは宇多田ヒカルさんの「Flavor Of Life -Ballad Version-」。2曲ともロングヒットとなり、こちらも共にオリコンで1位を獲得したのです!挿入歌まで大ヒットするとは、もちろん曲が良いのもありますが、花男効果はすごいですね。

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海外でもリメイクされまくり、大人気!

最初に海外で放送されたのは2001年に台湾で、題名は『流星花園 -Meteor Garden-』。

舞台は原作とは異なり、大学となっています。多少原作とは異なるものの、主に1〜29巻までのストーリーがドラマ化されており、F4を演じた4人がグループを結成し、F4として活躍しています。

台湾で記録的なヒットになり、世界13カ国に輸出されました。とくに香港・インドネシア・シンガポール・フィリピンでは海外ドラマ歴代最高視聴率を記録するなど、世界的ヒット作に!

日本にも逆輸入され、原作ファンなどからも支持を集めました。後に日本でドラマ化されたのは、この作品の大ヒットの影響もあるとされているんだそうです。

そして2009年には韓国で『꽃보다男子(花より男子〜Boys Over Flowers)』、中国では『一起来看流星雨-Let’s Watch The Meteor Shower-』が公開。

そして2013年にはなんとアメリカでも!アメリカ版は『Boys Before Friends』で、設定を大学院に変更しています。白人はアジア人よりも大人っぽいからでしょうが、少々老け気味に見えてしまいますが..。.

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アメリカの「F4」メンバーはリリースしたCDが売上チャートで常に1位になったり、ピアノを5日間で完璧にマスターしたりと、超人ぶりを見せたそう。気になる人は要チェック!

実は1番最初に実写化されたのは1995年…?!

2001年に台湾で実写化されたのが1番最初…と思っている方も多いでしょう。その様にお伝えしておきながらですが、実はその前に日本で実写映画化されてるんです…!

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1995年8月に内田有紀さん主演で公開されたのが、実写化の1番最初。

当時の人気アイドルを主演に迎えた「ぼくたちの映画シリーズ」第1弾として制作されました。当時ではまだ珍しかったハイビジョン撮影の映画となっています。

キャストは、道明寺司役には谷原章介さん、花沢類役は藤木直人さんです。そして、つくしをいじめる役に藤原紀香さん!

こちらも設定は大学に変更。内田有紀さんの当時の年齢は20歳なので、大学の方がしっくりきています。

牧野つくしはパンピー設定の為、衣装はTシャツにチノパンなどカジュアルなものでしたが、他のキャストの衣装は『THE・90年代』を思わせる衝撃的なビジュアルなところも必見。なんと道明寺役の谷原さんは裸にジャケットで登場!!お金持ちの御曹司で、俺様キャラのイメージなので、こんな突飛なスタイリングも実は良かったりします…。でもイケメンで道明寺にぴったり。

舞台挨拶時には、当時人気絶頂だった内田有紀さんのファンの男性が詰めかけたんだとか!

まだこの”世界で最初の実写版”1995年の『花より男子』を見たことない人は、動画を検索して見てください。井上真央さん主演のものとは違った意味で楽しめて、おすすめです。

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海猿シリーズを時系列ごとに紹介。終わってしまった人気映画。 https://kimi-chikai.jp/umizaru/ https://kimi-chikai.jp/umizaru/#respond Fri, 29 May 2020 10:45:22 +0000 https://kimi-chikai.jp/?p=162 若き海上保安官たちが厳しい訓練を積み、人命救助のエキスパートである潜水士として成長していく姿を描いた青春劇、『海猿』。原作は「週刊ヤングサンデー」に連載された、作者:佐藤秀峰、原案・取材:小森陽一による漫画です。 漫画は1999年より連載され2001年に完結し、2004年に羽住英一郎監督によって映画化・そしてテレビドラマ化。さらに続編が3作公開され、大ヒットを記録しました。 キャッチコピーには”ついに最終章”、”シリーズ完結編”と付けながらも終わらず続いた作品。 最終作には次回の予告編まで公開され、終わらない様に見せかけてたのに終わってしまったのはなぜ…⁈ 時系列ごとに、裏話と共に振り返っていきます。 単発ドラマの『海猿』 海猿の主人公と言えば、伊藤英明さん!…というイメージの方が大半だと思いますが、実はその前にNHKの単発ドラマでTOKIOの国分太一さんが主人公・仙崎大輔を演じているんです。 原作に比べ、サスペンスの要素が強い内容になっています。また、どちらも舞台は鹿児島です。 各あらすじはこちら。 2002年:単発ドラマ『海猿』 海上を漂流していたプレジャーボートで、夫婦の遺体と子供が見つかった。大輔と美晴(永作博美)は「自殺」との発表に疑問を持ち、事件の真相を追う。 2003年:単発ドラマ『海猿2』 池澤(杉本哲太)が妻子と乗ったフェリーに、銃を持った強盗犯が現れる。大輔らは犯人の発砲で火災が起きたフェリーへ救出に向かう。 ◾︎2004年以降の『海猿』 そして2004年公開の映画から、主人公は伊藤英明さんです! 2004年:映画『海猿 ウミザル』 キャッチコピーは「カッコつけてちゃ、命は救えない。」 2004年6月12日に全国東宝系にて公開。海上保安庁が全面協力しました。 海猿と呼ばれる若き潜水士候補生の友情、恋、挫折、試練、成長が描かれています。ヒロインの伊沢環菜役には加藤あいさん。観客動員131万人、興行収入17.4億円を記録しました! 海猿のあらすじ…

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若き海上保安官たちが厳しい訓練を積み、人命救助のエキスパートである潜水士として成長していく姿を描いた青春劇、『海猿』。原作は「週刊ヤングサンデー」に連載された、作者:佐藤秀峰、原案・取材:小森陽一による漫画です。

漫画は1999年より連載され2001年に完結し、2004年に羽住英一郎監督によって映画化・そしてテレビドラマ化。さらに続編が3作公開され、大ヒットを記録しました。

キャッチコピーには”ついに最終章”、”シリーズ完結編”と付けながらも終わらず続いた作品。

最終作には次回の予告編まで公開され、終わらない様に見せかけてたのに終わってしまったのはなぜ…⁈ 時系列ごとに、裏話と共に振り返っていきます。

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単発ドラマの『海猿』

海猿の主人公と言えば、伊藤英明さん!…というイメージの方が大半だと思いますが、実はその前にNHKの単発ドラマでTOKIOの国分太一さんが主人公・仙崎大輔を演じているんです。

原作に比べ、サスペンスの要素が強い内容になっています。また、どちらも舞台は鹿児島です。

各あらすじはこちら。

2002年:単発ドラマ『海猿』

海上を漂流していたプレジャーボートで、夫婦の遺体と子供が見つかった。大輔と美晴(永作博美)は「自殺」との発表に疑問を持ち、事件の真相を追う。

2003年:単発ドラマ『海猿2』

池澤(杉本哲太)が妻子と乗ったフェリーに、銃を持った強盗犯が現れる。大輔らは犯人の発砲で火災が起きたフェリーへ救出に向かう。

◾︎2004年以降の『海猿』

そして2004年公開の映画から、主人公は伊藤英明さんです!

2004年:映画『海猿 ウミザル』

キャッチコピーは「カッコつけてちゃ、命は救えない。」

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2004年6月12日に全国東宝系にて公開。海上保安庁が全面協力しました。

海猿と呼ばれる若き潜水士候補生の友情、恋、挫折、試練、成長が描かれています。ヒロインの伊沢環菜役には加藤あいさん。観客動員131万人、興行収入17.4億円を記録しました!

海猿のあらすじ

海難救助の最前線、潜水士を目指す仙崎大輔を含む14名の海上保安官が過酷な訓練に挑む。海上保安官の中でも優秀な者のみが参加できる潜水技術課程研修に参加し、工藤(伊藤淳史)とバディを組むことに。工藤に足を引っ張られてばかりだったが、彼の純粋さに共感し、協力して訓練を乗り越えていく。仙崎と工藤はいつしか訓練生たちの中心的存在となっていくのだが……。

2005年:連続ドラマ『海猿 EVOLUTION』(フジテレビ系・2005年7月〜9月)

キャッチコピーは「キミがいたから、勇気を知った。アイツがいたから、命をかけた。」 

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映画からの続編で、主要キャストは引き継いでいます。映画の舞台であった海上保安大学校にて潜水士訓練課程を卒業後、1年間現場での実務をこなし、辞令により第三管区横浜海上保安部(横浜市)所属・PL型巡視船「ながれ」に配属されるところから物語は始まります。

新たな仙崎大輔のバディとなる吉岡役に佐藤隆太さん。

2006年:映画『LIMIT OF LOVE 海猿』

キャッチコピーは「愛でしか、救えない。」

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2006年5月6日に全国東宝系にて公開。日本国内の315スクリーンで封切られ、530万人を動員、興行収入71億円の大ヒットを記録し、2006年公開の日本映画の実写映画部門では興行収入第1位となりました。映画公開以降、海上保安官の志願者数が激増したそう…!

あらすじ

鹿児島へと異動し機動救難士となった仙崎と吉岡(佐藤隆太)。仙崎は遠距離恋愛ながらも、環菜(加藤あい)と順調に交際し、結婚は目前だった。ある日、訓練中に出動が命じられる。任務は鹿児島湾内で座礁したフェリー「くろーばー号」での救助活動。しかし、予想以上の速さで浸水、傾いていく船体。仙崎と吉岡、そして要救助者2名は、絶体絶命の状況に追いやられていく…。

先行していた連続ドラマの完結編として公開された作品で「ついに最終章ー」というキャッチコピーがついていました。

実は連続ドラマの視聴率は、当時の水準からすればコケた数字となった、平均視聴率13.2%でした。そのため羽住監督は「もう誰も海猿を観てくれないのでは?」と不安になっていたそう…。しかしその中でも本作のフェリーの話だけはどうしてもやりたい、という気持ちでその不安を抑えて本作の監督を務めました。そしてその結果、興行収入71.0億円を記録する大ヒットに!そんなわけでまた続編が決まり、この『LIMIT OF LOVE 海猿』が最終章という話はなかったことに…。

2010年:映画『THE LAST MESSAGE 海猿』

キャッチコピーは「愛する人に何を残すのか──。」

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「完結編」と銘打ったこちらは興行収入80.4億円を記録!2010年の実写日本映画・第1位に輝きました。そして邦画大作史上初の3Dと2Dで同時公開されました。

こちらは原作漫画にない完全オリジナルストーリーです。

あらすじ

2010年9月、大型台風が接近する中、福岡沖に国家プロジェクトとして建設された天然ガス採掘プラント施設「レガリア」(REGALIA)で火災が発生した。仙崎は吉岡と「レガリア」設計主任の桜木(加藤雅也)とともに現場へ向かうが、救助作業中に爆発が起こり、仙崎や桜木たちは施設内に取り残されてしまう。ヘリも船も近づけない中、仙崎は知り合ったばかりの機動救難士・服部(三浦翔平)とバディを組み、全員で無事帰還する方法を探る。

しかし、予想以上の速さで浸水、傾いていく船体。仙崎と吉岡、そして要救助者2名は、絶体絶命の状況に追いやられていく…。

日本の大作映画初の3D公開に踏み切ることで新しい要素を入れて、結果的に前作を上回る興行収入80.4億円の大ヒットとなりました。

シリーズ完結編として製作され『「海猿」シリーズ完結編。』というキャッチコピーもついており、この完結編をもって長い航海に終止符が打たれるはずだったのです。しかしさまざまな思いが呼び集まり、公開直後から続編を望む声は絶えず、震災後には、1000人以上の人々が署名してメッセージを寄せた嘆願書が届けられました。

その中で監督や製作陣は本作に懸ける決意・創意も揺るぎないものとなり、再び新作が作られることとなったのです。

2012年:映画『BRAVE HEARTS 海猿-UMIZARU-』

キャッチコピーは「命をかけて、命を救う―。」

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原作コミック『海猿』の最終話で描かれている「ジャンボジェット機の海上着水」。羽住監督とプロデューサー陣は、この前代未聞の海難事故の映像化を何度も検討し、しかしそのスケールとテーマの折り合いがつかず、そのたびに断念してきました。 

また、同じく原作では仙崎大輔は特殊救難隊へ進むことになり、それは潜水士たちの最高部隊で、海難救助の「最後の砦」と呼ばれる特殊救難隊。そこで苦闘する大輔の姿を見てみたいという思いは、製作陣はもちろん、演じる伊藤英明も以前から抱いていたとのこと。

「海上着水」と「特殊救難隊」。この二つの題材を描かずしてシリーズを終えていいのか?

そのやり残したことを本作で叶えたのです。

あらすじ

世界最大級の天然ガスプラント「レガリア」の爆発事故から2年。仙崎大輔(伊藤英明)は自ら志願し、海難救助のエキスパートであり最も危険な事案に従事する「特殊救難隊」で後輩の吉岡(佐藤隆太)と共に海難現場の最前線にいた。

嶋副隊長(伊原剛志)の指導の下、日々苛烈な任務に就いていた二人だが充実した毎日を送っていた。大輔の妻・環菜(加藤あい)は2人目の子を身ごもり、吉岡にはキャビンアテンダントの美香(仲 里依紗)という恋人が出来ていたのだ。 

そんな折、美香の搭乗するジャンボ旅客機が羽田空港を目指し飛行中、エンジンが炎上し飛行が困難な状況に陥る。様々な救助案が検討される中、総合対策室の下川救難課長(時任三郎)は、夕闇が迫り視界が悪くなる状況の中で、前代未聞の東京湾への着水を提案する。しかし、海上着水に成功したとしてもジャンボが浮かんでいられる時間はわずか20分。機体が沈む前に乗客乗員346名全員を助け出す事が出来るのか!? 特救隊や現場に駆け付けた第5管区の服部(三浦翔平)たち、警察、消防、現場周辺の関係機関を巻き込んだ空前の大救出計画を、日本中が固唾を飲んで見守る中、G-WING206便の村松機長(平山浩行)は東京湾着水に向けて降下を始める…。

しかし予想だにしない事態が仙崎たちを待ち受けていたー。

原作の最終章のエピソードをベースに、基本的にオリジナルストーリーが展開されました。

内容は今までの「海猿」シリーズを否定するような姿勢で制作。過去作とは一味違う作品となり、航空パニック映画としてのクオリティも高く、シリーズ最高傑作と評されることも多かった本作。

興行収入も73.3億円と大ヒットを記録!興収8億7,822万6,350円、動員68万3,977人(公開4日間では興収15億6,357万5,650円、動員122万3,437人)になり、映画観客動員ランキング(興行通信社調べ)で初登場第1位を記録。

そして2012年8月25日〜9月2日には全国276劇場で同時上映・2032年公開(という設定)の架空の映画16作目『FINAL LIMIT BRAVE MESSAGE and LOVE HEARTS 海猿』の予告編が、伊藤英明さんの発案のもと本編と同時上映されました。

やっぱり海撮は終わらない!…そう私たち観客達も思い、期待していたはず。

しかし皮肉なことに、2012年10月26日、原作者である佐藤秀峰氏は自身のツイッターにて、「フジテレビがアポイントメントもなく自身の事務所に突撃取材した」ほか、「『海猿』の関連書籍が契約書なしに販売されていた」ということを理由に、フジテレビとの新規取引停止と、同作の続編制作を許可しないことを発表しました。

続編の製作許可はしないことを改めて明言し、この『BRAVE HEARTS 海猿-UMIZARU-』を最後に新作が製作されておらず、2017年10月に契約が終了したこともあり、事実上これが本当に最終作となってしまったのです。

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海上保安庁について詳しくない人はもちろん、子どもたちまで、より多くの人に、理解して映画を楽しんでもらいたいという、羽住監督のそんな思いが「海猿」シリーズの演出には込められているのだそう。

見終わって劇場を後にするときに、気持ちよく出てほしい、その想いが観客に伝わったからこその人気だったのでしょう。

2032年公開の続編が見られなかった事は残念ですが、何度でも見返したくなる映画です!

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実写化映画ランキング・興行収入別2019年公開の邦画は? https://kimi-chikai.jp/live-action-movie-ranking/ https://kimi-chikai.jp/live-action-movie-ranking/#respond Fri, 29 May 2020 10:41:29 +0000 https://kimi-chikai.jp/?p=160 小説や漫画が原作の実写版映画が溢れた2019年。では今年人気だった実写化の映画は一体どれ?興行収入別に、2019年の実写化映画ランキングを発表致します。 実写化映画ランキング ⒈『翔んで埼玉』2019年2月22日公開 興行収入37億円超え 『パタリロ』(1978)などで一世を風靡した漫画家・魔夜峰央が1982年に発表したコメディ漫画『翔んで埼玉』が原作の、ご存知”埼玉ディスり”映画。興行収入はなんと37億円を突破、2019年の映画興行収入ランキングでも堂々の13位! 2015年に『このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉』(宝島社)として30年ぶりに単行本として復刊され、それをきっかけにテレビ番組、SNS、インターネットなどメディアで多数取り上げられ、再び反響を呼びました。作者が作品発表当時に住んでいた埼玉を題材にした「埼玉から東京に行くには通行手形がいる!」「埼玉県民はそこらへんの草でも食わせておけ!」「埼玉狩りだー!」などの徹底的な“埼玉ディス”は大変話題となりました。上田清司埼玉県知事からは、「悪名は無名に勝る」と県公認⁈のお墨付きコメントを得ています。 かつて埼玉県民は東京都民からひどい迫害を受け、身を潜めて暮らしていました。ある日、東京でトップの高校・白鵬堂学院の生徒会長で東京都知事の息子・壇ノ浦百美(だんのうらももみ)は、アメリカ帰りの謎の転校生・麻実麗(あさみれい)と出会います。互いに惹かれ合うも、実は麗が埼玉県出身だったと知る百美。そして、東京と埼玉の県境で引き裂かれる2人。まさに埼玉版「ロミオとジュリエット」とも呼べる愛の逃避行と、その中で埼玉県解放を成し遂げるべく戦いを挑んだ者たちの革命の物語。若手演技派女優NO.1の呼び声も高い二階堂ふみとGACKTが主演を務めています。 ⒉『Diner ダイナー』2019年7月5日公開 興行収入12億円超え 原作は平山夢明による小説で、店主も客も全員殺し屋の食堂“ダイナー”を舞台にした極限エンターテインメント。監督を務めるのは、写真家・映画監督の蜷川実花。2007年公開の『さくらん』、2012年公開の『ヘルタースケルター』に続く3本目の監督作となる本作で、蜷川ならではのファンタジック・ワールドを描き出しています。 主演を演じるのは、『デスノート』『僕だけがいない街』『22年目の告白-私が殺人犯です-』など、これまでも怪奇的な役柄を演じてきた藤原竜也。蜷川幸雄に見出され芸能界デビューした藤原竜也と、同氏の娘に当たる蜷川実花監督の運命的なタッグに注目です。またヒロインの座には、モデルのみならず女優としての活躍場を広げる玉城ティナ。 元殺し屋で天才シェフの店主・ボンベロと、とある事件をきっかけにウェイトレスとして売られたオオバカナコを主役に、極限状態の日常を描く作品。 ⒊『マチネの終わりに』2019年11月1日公開 興行収入8億6千万超え 原作となった芥川賞作家・平野啓一郎が2016年に刊行した同名の小説「マチネの終わりに」は、日本・パリ・ニューヨークの3都市を舞台に、クラシック・ギタリストの主人公と海外通信社所属の女性ジャーナリストが、6年間でたった3度の出会いの中で惹かれ合い、人生で誰よりも愛した存在になるという、大人の恋愛小説。渡辺淳一文学賞を受賞した本作は、純文学としては異例の17万部を突破した作品となりました。 クラシック・ギタリストの蒔野聡史と、海外の通信社に勤務する小峰洋子の出会いから始まる物語。ともに四十代という、独特で繊細な年齢をむかえていた二人…。初めて出会った時から、強く惹かれ合っていましたが、洋子には婚約者が。世界を飛び回る仕事柄、そして時代という大きな波に翻弄され、蒔野と洋子の間にはすれ違いや思わぬ障害が生じ、ついに二人の関係は途絶えてしまいます。互いへの想いを心の底にしまったまま、別々の道を歩む二人の運命が再び交わる日はくるのかー。主演は福山雅治×石田ゆり子という所も注目。 4.『午前0時、キスしに来てよ』12月6日公開 3週目にして興行収入4億3千万超え 人気少女コミック『午前0時、キスしに来てよ』が原作の、普通の女子高生が国民的人気スターと恋に落ちる、シンデレラストーリー。こちらは12月に公開されたばかりですが、3週目にして興行収入4億3,100万超え! 真面目を絵に描いたような女子高生・花澤日奈々の夢はおとぎ話のような恋をすること。そんな夢など自分のような人間に舞い降りるはずもないと思っていたところに、日奈々が通う高校にイケメン俳優の綾瀬楓が映画撮影のために訪れたことがきっかけで、これまでの日奈々の平凡な日々の色が一気に彩られていきます。GENERATIONS from EXILE…

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小説や漫画が原作の実写版映画が溢れた2019年。では今年人気だった実写化の映画は一体どれ?興行収入別に、2019年の実写化映画ランキングを発表致します。

実写化映画ランキング

⒈『翔んで埼玉』2019年2月22日公開 興行収入37億円超え

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『パタリロ』(1978)などで一世を風靡した漫画家・魔夜峰央が1982年に発表したコメディ漫画『翔んで埼玉』が原作の、ご存知”埼玉ディスり”映画。興行収入はなんと37億円を突破、2019年の映画興行収入ランキングでも堂々の13位!

2015年に『このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉』(宝島社)として30年ぶりに単行本として復刊され、それをきっかけにテレビ番組、SNS、インターネットなどメディアで多数取り上げられ、再び反響を呼びました。作者が作品発表当時に住んでいた埼玉を題材にした「埼玉から東京に行くには通行手形がいる!」「埼玉県民はそこらへんの草でも食わせておけ!」「埼玉狩りだー!」などの徹底的な“埼玉ディス”は大変話題となりました。上田清司埼玉県知事からは、「悪名は無名に勝る」と県公認⁈のお墨付きコメントを得ています。

かつて埼玉県民は東京都民からひどい迫害を受け、身を潜めて暮らしていました。ある日、東京でトップの高校・白鵬堂学院の生徒会長で東京都知事の息子・壇ノ浦百美(だんのうらももみ)は、アメリカ帰りの謎の転校生・麻実麗(あさみれい)と出会います。互いに惹かれ合うも、実は麗が埼玉県出身だったと知る百美。そして、東京と埼玉の県境で引き裂かれる2人。まさに埼玉版「ロミオとジュリエット」とも呼べる愛の逃避行と、その中で埼玉県解放を成し遂げるべく戦いを挑んだ者たちの革命の物語。若手演技派女優NO.1の呼び声も高い二階堂ふみとGACKTが主演を務めています。

⒉『Diner ダイナー』2019年7月5日公開 興行収入12億円超え

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原作は平山夢明による小説で、店主も客も全員殺し屋の食堂“ダイナー”を舞台にした極限エンターテインメント。監督を務めるのは、写真家・映画監督の蜷川実花。2007年公開の『さくらん』、2012年公開の『ヘルタースケルター』に続く3本目の監督作となる本作で、蜷川ならではのファンタジック・ワールドを描き出しています。

主演を演じるのは、『デスノート』『僕だけがいない街』『22年目の告白-私が殺人犯です-』など、これまでも怪奇的な役柄を演じてきた藤原竜也。蜷川幸雄に見出され芸能界デビューした藤原竜也と、同氏の娘に当たる蜷川実花監督の運命的なタッグに注目です。またヒロインの座には、モデルのみならず女優としての活躍場を広げる玉城ティナ。

元殺し屋で天才シェフの店主・ボンベロと、とある事件をきっかけにウェイトレスとして売られたオオバカナコを主役に、極限状態の日常を描く作品。

⒊『マチネの終わりに』2019年11月1日公開 興行収入8億6千万超え

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原作となった芥川賞作家・平野啓一郎が2016年に刊行した同名の小説「マチネの終わりに」は、日本・パリ・ニューヨークの3都市を舞台に、クラシック・ギタリストの主人公と海外通信社所属の女性ジャーナリストが、6年間でたった3度の出会いの中で惹かれ合い、人生で誰よりも愛した存在になるという、大人の恋愛小説。渡辺淳一文学賞を受賞した本作は、純文学としては異例の17万部を突破した作品となりました。

クラシック・ギタリストの蒔野聡史と、海外の通信社に勤務する小峰洋子の出会いから始まる物語。ともに四十代という、独特で繊細な年齢をむかえていた二人…。初めて出会った時から、強く惹かれ合っていましたが、洋子には婚約者が。世界を飛び回る仕事柄、そして時代という大きな波に翻弄され、蒔野と洋子の間にはすれ違いや思わぬ障害が生じ、ついに二人の関係は途絶えてしまいます。互いへの想いを心の底にしまったまま、別々の道を歩む二人の運命が再び交わる日はくるのかー。主演は福山雅治×石田ゆり子という所も注目。

4.『午前0時、キスしに来てよ』12月6日公開 3週目にして興行収入4億3千万超え

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人気少女コミック『午前0時、キスしに来てよ』が原作の、普通の女子高生が国民的人気スターと恋に落ちる、シンデレラストーリー。こちらは12月に公開されたばかりですが、3週目にして興行収入4億3,100万超え!

真面目を絵に描いたような女子高生・花澤日奈々の夢はおとぎ話のような恋をすること。そんな夢など自分のような人間に舞い降りるはずもないと思っていたところに、日奈々が通う高校にイケメン俳優の綾瀬楓が映画撮影のために訪れたことがきっかけで、これまでの日奈々の平凡な日々の色が一気に彩られていきます。GENERATIONS from EXILE TRIBE・片寄涼太と橋本環奈のW主演。

5.『愛がなんだ』  4月19日公開 3億9千万超え

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角田光代の恋愛小説を映画化。SNSを中心に口コミが広がり、4月19日に公開した時スクリーン数はたった72館、それが約200館と拡大し、興行収入も3億9千万円を超えました。

一目ぼれした男に一途すぎるアラサー女子と、その周りの人物の恋愛群青劇を描いています。一目ぼれしたマモルに想いを寄せる28歳のOLテルコを岸井ゆきの、ダメ男のマモルを成田凌が演じます。20代・30代女性からの支持が圧倒的に多い作品!今泉力哉監督はこの後9月に公開されたアイネクライネナハトムジークの監督も務めています。

主人公は 28 歳の OL テルコ。彼女は一目ぼれしたマモルに想いを寄せ、自分の時間のすべてをマモルに捧げ、その結果、仕事を失いかけても、親友に冷たい目で見られても、マモルがいてくれるならテルコはこの上なく幸せだと思っています。けれど、マモルにとって、テルコはただ都合のいい女。そのことをわかっているテルコは今の関係を保つことに必死で、自分からは一切連絡をしないし、決して「好き」とは伝えない。しかし、そんなある日、マモルからの連絡が突然途絶えてしまうが…。

気になった作品はぜひ原作もチェックしてくださいね!映画とはまた違った面白さがあるかも…?

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Yahoo映画ランキング!映画好きが選ぶ感動の名作5選 https://kimi-chikai.jp/yahoo-movie-ranking/ https://kimi-chikai.jp/yahoo-movie-ranking/#respond Fri, 29 May 2020 10:38:54 +0000 https://kimi-chikai.jp/?p=157 Yahoo映画で★評価4以上の、人気の作品を5選いたしました。どれもいつ観ても感動する、不朽の名作ばかり。まだ観たことのない作品があれば要チェックです! Yahoo映画ランキング! 1位:ショーシャンクの空に ★評価:4.6 堂々のNo.1!感動したいときに、たまにふと観たくなるのはこの映画。 人を罰するとはどういうことなのか。”犯罪者”であるがゆえに、闇に消える問題がそこにはあします。無実の罪で収監されたアンディー、そして殺人罪で服役するレッドの運命を通して、刑事司法制度の抱える問題点に鋭く切り込むストーリー。スティーヴン・キングの中編を集めた作品集『恐怖の四季』に収録されている「刑務所のリタ・ヘイワース」が原作になっています。 あらすじ アンディ・デュフレーンは妻とその不倫相手のプロゴルファーを殺した容疑をかけられ、逮捕される。アンディは無実を主張したものの、終身刑の判決を受け、ショーシャンク刑務所に収監されることになる。この大規模な刑務所ではノートン所長が絶対的な権力を振るい、囚人たちを支配していた。ショーシャンク刑務所では、服役囚に対する刑務官の暴力や、囚人同士のけんかや暴行が日常茶飯事だった。 刑務所内には日用品やタバコ、はては映画女優のポスターに至るまで外部から調達してくる”調達屋”レッドがいた。アンディと同じ終身刑を宣告されたレッドは二十年以上もこのショーシャンクで服役していたが、仮釈放の見込みがいっこうに立つ気配はなかった。レッドと知り合ったアンディは少しずつ、刑務所の生活になじんでいく。やがて、銀行の副頭取だったアンディは刑務所長の会計係を務めるようになり、受刑者達や看守たちの心を掴んでゆく。そして20年の歳月が流れた時、彼は冤罪を晴らす重要な証拠をつかむのだが……。 2位:バックトゥーザ・フューチャー ★評価:4.6 1980年代を代表する大ヒット作であるSFアドベンチャーの傑作! 自動車型タイムマシンで1985年から1955年へ時空移動した高校生が、自分と同世代だったころの両親と出会うなどして騒動を巻き起こす。監督は『フォレスト・ガンプ/一期一会』などのロバート・ゼメキス、製作総指揮に巨匠スティーヴン・スピルバーグが名を連ねている。マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイドが高校生と博士を熱演。スリルと興奮と笑いに満ちた展開に加え、名車デロリアンを改造したタイムマシンの鮮烈なデザインも必見。 あらすじ 1985年。友人の科学者ドク(クリストファー・ロイド)と知り合った高校生マーティ(マイケル・J・フォックス)は、彼が愛車デロリアンをベースに開発したタイムマシンを見せられる。試運転を始めようとしたところに、ドクに恨みを持つテロ集団が襲い掛かる。銃弾を浴びて倒れる彼を見たマーティはデロリアンで逃げ出し、そのまま1955年にタイムスリップ。デロリアンの燃料切れで1985年に戻れなくなったマーティはその時代に生きるドクに助けを求めて帰ろうとするが、まだ高校生である母親にほれられてしまう。 3位 ニューシネマパラダイス ★評価:4.4 イタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレによる、「好きな映画ベスト10」などのランキングでは必ず上位にランクインするとされる、ジュセッペ・トルナトーレ監督のイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』。 映画史に残る至高の名作と言われており、イタリアのシチリアを舞台に、少年と映写技師が映画を通して心を通わせていく様を、感動的な音楽と繊細な人物描写で描き出しています。 映画に魅了された少年トト役を、サルヴァトーレ・カシオが愛くるしい演技で演じきりました。年齢を超えた友情や少年時代の夢など、世代や時代を超えた人々に愛される物語に、。巨匠エンニオ・モリコーネの音楽、そしてあまりにも有名なラストシーンなど、“映画の魔法”という名の感動が存分につまっている作品です。 あらすじ ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(ジャック・ペラン)が、ある知らせを受け、過去を回想していく物語。…

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Yahoo映画で★評価4以上の、人気の作品を5選いたしました。どれもいつ観ても感動する、不朽の名作ばかり。まだ観たことのない作品があれば要チェックです!

Yahoo映画ランキング!

1位:ショーシャンクの空に ★評価:4.6

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堂々のNo.1!感動したいときに、たまにふと観たくなるのはこの映画。

人を罰するとはどういうことなのか。”犯罪者”であるがゆえに、闇に消える問題がそこにはあします。無実の罪で収監されたアンディー、そして殺人罪で服役するレッドの運命を通して、刑事司法制度の抱える問題点に鋭く切り込むストーリー。スティーヴン・キングの中編を集めた作品集『恐怖の四季』に収録されている「刑務所のリタ・ヘイワース」が原作になっています。

あらすじ

アンディ・デュフレーンは妻とその不倫相手のプロゴルファーを殺した容疑をかけられ、逮捕される。アンディは無実を主張したものの、終身刑の判決を受け、ショーシャンク刑務所に収監されることになる。この大規模な刑務所ではノートン所長が絶対的な権力を振るい、囚人たちを支配していた。ショーシャンク刑務所では、服役囚に対する刑務官の暴力や、囚人同士のけんかや暴行が日常茶飯事だった。

刑務所内には日用品やタバコ、はては映画女優のポスターに至るまで外部から調達してくる”調達屋”レッドがいた。アンディと同じ終身刑を宣告されたレッドは二十年以上もこのショーシャンクで服役していたが、仮釈放の見込みがいっこうに立つ気配はなかった。レッドと知り合ったアンディは少しずつ、刑務所の生活になじんでいく。やがて、銀行の副頭取だったアンディは刑務所長の会計係を務めるようになり、受刑者達や看守たちの心を掴んでゆく。そして20年の歳月が流れた時、彼は冤罪を晴らす重要な証拠をつかむのだが……。

2位:バックトゥーザ・フューチャー ★評価:4.6

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1980年代を代表する大ヒット作であるSFアドベンチャーの傑作!

自動車型タイムマシンで1985年から1955年へ時空移動した高校生が、自分と同世代だったころの両親と出会うなどして騒動を巻き起こす。監督は『フォレスト・ガンプ/一期一会』などのロバート・ゼメキス、製作総指揮に巨匠スティーヴン・スピルバーグが名を連ねている。マイケル・J・フォックス、クリストファー・ロイドが高校生と博士を熱演。スリルと興奮と笑いに満ちた展開に加え、名車デロリアンを改造したタイムマシンの鮮烈なデザインも必見。

あらすじ

1985年。友人の科学者ドク(クリストファー・ロイド)と知り合った高校生マーティ(マイケル・J・フォックス)は、彼が愛車デロリアンをベースに開発したタイムマシンを見せられる。試運転を始めようとしたところに、ドクに恨みを持つテロ集団が襲い掛かる。銃弾を浴びて倒れる彼を見たマーティはデロリアンで逃げ出し、そのまま1955年にタイムスリップ。デロリアンの燃料切れで1985年に戻れなくなったマーティはその時代に生きるドクに助けを求めて帰ろうとするが、まだ高校生である母親にほれられてしまう。

3位 ニューシネマパラダイス ★評価:4.4

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イタリアの名匠ジュゼッペ・トルナトーレによる、「好きな映画ベスト10」などのランキングでは必ず上位にランクインするとされる、ジュセッペ・トルナトーレ監督のイタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』。

映画史に残る至高の名作と言われており、イタリアのシチリアを舞台に、少年と映写技師が映画を通して心を通わせていく様を、感動的な音楽と繊細な人物描写で描き出しています。

映画に魅了された少年トト役を、サルヴァトーレ・カシオが愛くるしい演技で演じきりました。年齢を超えた友情や少年時代の夢など、世代や時代を超えた人々に愛される物語に、。巨匠エンニオ・モリコーネの音楽、そしてあまりにも有名なラストシーンなど、“映画の魔法”という名の感動が存分につまっている作品です。

あらすじ

ローマに住む映画監督のサルヴァトーレ(ジャック・ペラン)が、ある知らせを受け、過去を回想していく物語。

その知らせとは、小さいころにお世話になっていた映画技師であるアルフレード(フィリップ・ノワレ)の訃報でした。少年時代にアルフレードと共に過ごした日々。少し大人になってある女性に恋い焦がれた日々。

そんな小さいころある村で過ごした懐かしい日々をサルヴァトーレは思い出していきます。

実はサルヴァトーレは、アルフレードに言われて、村には30年以上も帰っていませんでした。

アルフレードの葬儀に参列するために村へ帰るサルヴァトーレ。目の前に現れる村の光景や家族、村の人々の変化に、サルヴァトーレは何を感じ、何を考え、何を思うのか。

そして、アルフレードがサルヴァトーレへ残したある形見とは…

4位 ダークナイト ★評価:4.4

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映画『バットマン ビギンズ』の続編で、バットマンの最凶最悪の宿敵であるジョーカーの登場で混乱に陥ったゴッサムシティを守るべく、再びバットマンが死闘を繰り広げるアクション大作。監督は前作から続投のクリストファー・ノーラン。またクリスチャン・ベイルも主人公、バットマンを再び演じています。

そして敵役のジョーカーを演じるのは、『ダークナイト』の公開を待たずして、28歳という若さでこの世を去ってしまったヒース・レジャー。ジョーカー役に入り込み過ぎたことも原因の一つと言われています。「サイコパスは話し相手がいない」と知り、外部との連絡を途絶え、ひたすら演技の練習にはげんだり、精神異常者のマインドを理解するために専門書を読みあさったそう。「ジョーカーならこうするだろう」と考え、監督クリストファー・ノーランに自ら演出を提案し、例えば、「ジョーカーは自分でメイクをしているはず」と考え、実際に自分の手でメイクを施しています。その為、映画を見ればジョーカーの手にメイクの跡が残ってるのを確認出来ます。

だからこそ、『ダークナイト』のジョーカーは史上最高の悪役とまで言われる様になったのです。

あらすじ

悪のはびこるゴッサム・シティーを舞台に、ジム警部補(ゲイリー・オールドマン)やハービー・デント地方検事(アーロン・エッカート)の協力のもと、バットマン(クリスチャン・ベイル)は街で起こる犯罪撲滅の成果を上げつつあった。だが、ジョーカーと名乗る謎の犯罪者の台頭により、街は再び混乱と狂気に包まれていく。最強の敵を前に、バットマンはあらゆるハイテク技術を駆使しながら、信じるものすべてと戦わざるを得なくなっていく。

5位:インターステラー  ★評価:4.22

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『ダークナイト』シリーズや『インセプション』などのクリストファー・ノーラン監督が放つSFドラマ。食糧不足や環境の変化によって人類滅亡が迫る中、それを回避するミッションに挑む男の姿を見つめていきます。

主演を務める『ダラス・バイヤーズクラブ』などのマシュー・マコノヒーを筆頭に、『レ・ミゼラブル』などのアン・ハサウェイ、『ゼロ・ダーク・サーティ』などのジェシカ・チャステインら演技派スターが結集。深遠なテーマをはらんだ物語に加え、最先端VFXで壮大かつリアルに創造された宇宙空間の描写にも圧倒される作品です。

あらすじ

近未来、地球規模の食糧難と環境変化によって人類の滅亡のカウントダウンが進んでいた。

そんな状況で、あるミッションの遂行者に元エンジニアの男クーパーが大抜てきされる。

そのミッションとは、宇宙で新たに発見された未開地へ旅立つというものだった。

地球に残さねばならない家族と人類滅亡の回避、二つの間で葛藤するクーパー。

悩み抜いた果てに、彼は家族に帰還を約束し、前人未到の新天地を目指すことを決意して宇宙船へと乗り込むが…。

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アナと雪の女王2|隠された秘密をめぐる物語がついに動き出す。 https://kimi-chikai.jp/frozen2/ https://kimi-chikai.jp/frozen2/#respond Fri, 29 May 2020 10:36:18 +0000 https://kimi-chikai.jp/?p=155 なぜ、エルサに力は与えられたのか―。 隠された秘密をめぐる物語がついに動き出す。姉妹の物語がついに完結! 日本で2014年に公開され、興行収入255億円の大ヒットを記録した『アナと雪の女王』の続編、『アナと雪の女王2』。日本中に主題歌の“レット・イット・ゴー”があふれ、世代を超えて大ヒット隣、社会現象を巻き起こしました。ディズニー・アニメーションの金字塔とも言える今作。続編ではどんな事が起こるのでしょうか…⁈ 『アナと雪の女王』の待望の続編のストーリーと、前作で解き明かされなかった秘密など、あなたも絶対映画館で見たくなる内容をお届けいたします。 アナと雪の女王2|ストーリー 彼女にしか聞こえない不思議な歌声… 命がけの妹アナによって、閉ざした心を開き、“触れるものすべてを凍らせてしまう力”をコントロールできるようになったエルサは、雪と氷に覆われたアレンデール王国に温かな陽光を取り戻した。そして再び城門を閉じることはないと約束した。それから3年…。 深い絆で結ばれたアナとエルサの姉妹は、王国を治めながら、失われた少女時代を取り戻すかのように、気の置けない仲間たちと平穏で幸せな日々を送っていた。しかしある日、エルサだけが“不思議な歌声”を聴く。 その歌声に導かれ、仲間のクリストフやオラフと共に旅に出たアナとエルサは、エルサの持つ“力”の秘密を解き明かすため、数々の試練に立ち向かう。果たしてなぜ力はエルサだけに与えられたのか。そして姉妹の知られざる過去の“謎”とは? 旅の終わりに、待ち受けるすべての答えとは……。 前作で解き明かされなかった“最大の謎”に直面する。 「私は、どうして人と違うの?どうして私だけに不思議な力があるの―?」 エルサの力の秘密、姉妹の知られざる過去の謎とは? ストーリーを読むだけでも続きが気になって仕方ない展開です! 前作のハッピーエンドで全てがめでたく終わったかの様に思われていたアナと雪の女王。けれど確かに、なぜ、アナにはなくてエルサだけに力が与えられていたのでしょうか…?また、旅に出てしまった優しかった両親について詳しく描かれていませんでしたが、そこらへんも詳細が気になるところ…などなど、他にも考えてみると様々な謎が出てくるのです。 実は今回の『アナと雪の女王2』で解き明かされる謎には、エルサの力の秘密だけではなく、こんなもの達も含まれているのです。 ⒈なぜアナとエルサの両親は旅に出てしまったのか? 前作で姉妹を置いて2週間もの長い船旅に出かけた両親。アナとエルサを深く愛し、特別な”力“を持って生まれたエルサを案じ、城を閉ざして暮らしていた二人。それなのになぜ船で外の世界へと向かったのか? 前作では荒れた海を船旅する最中、両親が命を落とし、姉妹が二人だけ取り残されてしまって悲しみに暮れた様子が描かれていました。しかし、両親が二人を置いて外海へと旅立った理由は明確にはされておらず…今作ではアナとエルサの家族にまつわる、前作では語られなかった物語が…! アレンデール王国の外の世界とは? エルサの戴冠式の際には、諸外国から人々がお祝いに訪れましたが、アレンデール王国の外の世界は雪の山以外、描かれることはありませんでした。本作では“不思議な歌声”に導かれたエルサがアナと共に未知の世界へと一歩踏み出し、王国の外に広がる広大な大地に霧に覆われた森など、王国とは異なる不思議な世界が描かれることに。そこでエルサとアナ、そして前作で大事な仲間になったクリストフとスヴェン、オラフたちを待ち受ける冒険が繰り広げられます。…

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なぜ、エルサに力は与えられたのか―。

隠された秘密をめぐる物語がついに動き出す。姉妹の物語がついに完結!

日本で2014年に公開され、興行収入255億円の大ヒットを記録した『アナと雪の女王』の続編、『アナと雪の女王2』。日本中に主題歌の“レット・イット・ゴー”があふれ、世代を超えて大ヒット隣、社会現象を巻き起こしました。ディズニー・アニメーションの金字塔とも言える今作。続編ではどんな事が起こるのでしょうか…⁈

『アナと雪の女王』の待望の続編のストーリーと、前作で解き明かされなかった秘密など、あなたも絶対映画館で見たくなる内容をお届けいたします。

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アナと雪の女王2|ストーリー

彼女にしか聞こえない不思議な歌声…

命がけの妹アナによって、閉ざした心を開き、“触れるものすべてを凍らせてしまう力”をコントロールできるようになったエルサは、雪と氷に覆われたアレンデール王国に温かな陽光を取り戻した。そして再び城門を閉じることはないと約束した。それから3年…。

深い絆で結ばれたアナとエルサの姉妹は、王国を治めながら、失われた少女時代を取り戻すかのように、気の置けない仲間たちと平穏で幸せな日々を送っていた。しかしある日、エルサだけが“不思議な歌声”を聴く。

その歌声に導かれ、仲間のクリストフやオラフと共に旅に出たアナとエルサは、エルサの持つ“力”の秘密を解き明かすため、数々の試練に立ち向かう。果たしてなぜ力はエルサだけに与えられたのか。そして姉妹の知られざる過去の“謎”とは? 旅の終わりに、待ち受けるすべての答えとは……。

前作で解き明かされなかった“最大の謎”に直面する。

「私は、どうして人と違うの?どうして私だけに不思議な力があるの―?」

エルサの力の秘密、姉妹の知られざる過去の謎とは?

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ストーリーを読むだけでも続きが気になって仕方ない展開です!

前作のハッピーエンドで全てがめでたく終わったかの様に思われていたアナと雪の女王。けれど確かに、なぜ、アナにはなくてエルサだけに力が与えられていたのでしょうか…?また、旅に出てしまった優しかった両親について詳しく描かれていませんでしたが、そこらへんも詳細が気になるところ…などなど、他にも考えてみると様々な謎が出てくるのです。

実は今回の『アナと雪の女王2』で解き明かされる謎には、エルサの力の秘密だけではなく、こんなもの達も含まれているのです。

⒈なぜアナとエルサの両親は旅に出てしまったのか?

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前作で姉妹を置いて2週間もの長い船旅に出かけた両親。アナとエルサを深く愛し、特別な”力“を持って生まれたエルサを案じ、城を閉ざして暮らしていた二人。それなのになぜ船で外の世界へと向かったのか?

前作では荒れた海を船旅する最中、両親が命を落とし、姉妹が二人だけ取り残されてしまって悲しみに暮れた様子が描かれていました。しかし、両親が二人を置いて外海へと旅立った理由は明確にはされておらず…今作ではアナとエルサの家族にまつわる、前作では語られなかった物語が…!

アレンデール王国の外の世界とは?

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エルサの戴冠式の際には、諸外国から人々がお祝いに訪れましたが、アレンデール王国の外の世界は雪の山以外、描かれることはありませんでした。本作では“不思議な歌声”に導かれたエルサがアナと共に未知の世界へと一歩踏み出し、王国の外に広がる広大な大地に霧に覆われた森など、王国とは異なる不思議な世界が描かれることに。そこでエルサとアナ、そして前作で大事な仲間になったクリストフとスヴェン、オラフたちを待ち受ける冒険が繰り広げられます。

なぜエルサには恋人がいないのか?

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こちらは本作で明かされる秘密とは少し違うのですが、プロデューサー、ピーター・デル・ヴェッチョが明かした小ネタ情報。アナには恋人ができたのに、美しいエルサにはなぜ恋人を作る設定がないのか?と思う人も多いのでは。ディズニー映画で美しいヒロインにはかっこいい王子様が付き物ですよね。

彼が言うには、エルサはすごくシャイで、まだ恋愛関係になる準備ができていないとのこと。sそして今は自分自身を理解することで精いっぱいだから、だそうです。いつかエルサの恋人が登場する事が今から楽しみかも…⁈

声優陣。母親役に吉田羊さん!

声優には今回もエルサ役に松たか子さん、アナ役には神田沙也加さん。そしてエルサとアナの母であるイドゥナ役には、なんと吉田羊さんが!

そして挿入歌では、なんと松たか子さんと吉田羊さんはデュエットもしているのです。

メイン楽曲は今回も松たか子さんが歌い、楽曲名は「イントゥ・ジ・アンノウン~心のままに」。もう一つエルサの見せ場となる楽曲「みせて、あなたを」で、二人はデュエットを。

吉田羊さんは女優として有名ですが、以前JUJUさんの楽曲「かわいそうだよね」にHITSUJI名義で参加するなど、歌唱力にも定評のある方なのです。2人の実力派女優が奏でるハーモニー、Youtubeで事前に要チェックです!

アナとエルサが強い絆で結ばれた前作から3年後、アナは21歳、エルサは24歳になった『アナと雪の女王2』。新たな舞台で姉妹が仲間たちと共に、エルサが持つ力の秘密を解き明かす冒険の旅。映画館でぜひご覧になってください!

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コラム No. 79 https://kimi-chikai.jp/column-79/ Wed, 26 Jan 2005 04:26:39 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=112 多様性のマネージメント あるセミナーで、Webサイト(業務アプリケーション)開発の一番の問題は、技術ではなく組織的な部分だという話を聞いた。但し、Web的なデザイナとエンジニアという二極ではなく、クライアント/サーバ(C/S)システム的なクライアントエンジニアとサーバエンジニアという二極での話。とにかくその二極の人間達では、物事の考え方も、話す言葉も違う。なので、円滑なプロジェクト進行をすることが難しい、面倒だ、と。 その講演者の結論は、ならば一極集中型にすればよいというものだった。クライアント(基本的にPC)側の殆どの機能に、サーバエンジニアが理解でき記述できる技術(基本的にはJava)を使えば良い。そうすると、組織としてはサーバ側のチームだけで開発が進められる。つまりはチームとしてのまとまりが良くなり、問題が起こっても直ぐに対応できる。それがハッピーだ、と。 例えばFlashが良い例かもしれない。Flashがシステムインテグレータ(SIer)に浸透しないのは、同じ考え方に根ざしている。Flash/ActionScriptはSIerの標準的な開発工程管理手法との接点がまだ見えていない。タイムラインの概念も憶えなければならないし、そもそもが「体験を開発する」というコンセプトが馴染まないのである。技術的な問題以上に、人的或いは文化的な問題の方で敬遠されているように見える。Flashアプリケーションは、SIerにとって異文化/異民族なのだ。 単一民族的な組織で開発を進められることは、マネージメント的に考えると理想的な状況なのだと思う。仕事だけを見つめれば良い。仕様を担当者に割り振り、その一つ一つのタスクを管理していけば良い。担当者の個性や出自を考えるのは、最初の担当割振りの時だけで、その後はタスクの進捗度だけを見つめればよい。同じ言語文化を共有しているから話の通りも良い。生産性比較もし易いし、報告もしやすい。 ■ しかし、その話を聞きながら、何かしっくりしない感覚が残る。Webサイト開発の歴史を思い出しながら、同じ技術的基盤を共有した者だけで作ってきたものが本当に良いサイト(Webアプリケーション)だったのだろうか。デザイナだけで作られたもの、エンジニアだけで作られたもの、クライアント(顧客)の発想だけで作られたもの、開発企業の発想だけで作られたもの。数少ない例外的「傑作」を除いて、歴史に名を残していない気がしてならない。 私にとって、Webは自分と違う「文化」に接する出入り口だった。それが「デザイン手法」であったり、「Java」であったり「育児」であったりする。自己流と異なる、見事な「技」に触れたとき、その通路であるWebに感謝し、のめりこんでいった。 自己流が全てではない、という「気付き」。もっと優れた道は必ずある、という発想の原点。Webは、それらを私が自惚れる度に示してくれる。自分とは異なる価値観に触れる楽しさを思い出させてくれる。 そう言った「場」を開発するチームが、単一民族で可能なのだろうか。ユーザビリティをカヴァーすることが、本当に同種の人間達だけで実現できるのか。今までのデザイナとエンジニアの確執を見てきている者にとって、それは「おとぎ話」に聞こえる。 ■ 技術は発想力をジャンプさせるものにもなるけれど、制限するものにもなる。Photoshopのように、今までシミュレーションできなかった画像処理を目の前で即座に試せるようになったときには、出来上がる作品が階段を一段上がったように感じる。しかし、皆が同じツールを使い始め、生産効率性云々と言い出すと、そのツールで出来ることをやろうと頭の中でブレーキが働く。 クライアント側でもサーバ側でも、偏った一部のグループが開発を進めると、どちらかというと後者のブレーキ現象の方が強く現れるのではないだろうか。単一の技術を中心に開発が進められると、評価軸がシンプルなので、どうしても開発生産性競争になりやすい。それは出来ることを出来るだけ早く、である。 Webはデータのやり取りだけをするアプリケーションではない。使う人を誘導する機能があってこそ活かされるものである。その「誘導」を、ナビゲーションといったり体験と呼んだりするのだが、それは本来、誘導される「人間」を理解していないと設計できるはずがない。技術者は時々忘れてしまうけれど、JavaよりもPhotoshopよりも、人間の方が奥が深い。そして、その深さは多様性があるが故だろう。 例えば、赤ん坊の「重み」は、一般の若い会社員男性には余り想像出来きない。生まれた時の 3Kg前後の重さが、親にとってどれほどの重みであるのか。大きくなる毎日でお母さんの腕にどれほどの負荷と喜びをかけているのか。そんなことが理解できるのは、実際に親になるなり、親戚の子供を抱いたり、それを喜ぶ友人に触れたり、今までにない経験や価値観に触れることを通してだ。 そして、そんな人達に響くWebサイトを作るには、そんな想いを知っていなければ設計できるはずがない。その知るべき知識の中で、サーバ技術等の占める割合は実はあまり大きくない。色んな人が居て、色んな感情がある、というのが最初の一歩だし、そうした異文化を自分の従来の価値観と整合性を取って行く舵取りが越えるべき壁だろう。そこを取り違えると、オシキセの嫌味な使われないシステムを作ることになる。 ■ 最近、もう一度Webのことを考え直そうとしている。その中で感じていることは、やはりWebは「新しい分野」なのだということ。従来のどこにもなかったシステムやメディアの一つなんだろうと改めて感じている。 そして、新しいモノを古い評価軸の中でマネージメントしようとしているんじゃないかという疑問。C/Sシステムでは、同じ釜の飯を食った単一民族で開発するのが最良だったかもしれないし、それがマネージメントの要だったのかもしれない。でもWebは多民族(様々な技術背景を持った開発者)で作るべきかもしれないし、それが多様性を容認する基盤かもしれない。そして、その多民族を一つのゴールに向かわせるのがWeb的マネージメントなのかもしれない。…

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多様性のマネージメント

あるセミナーで、Webサイト(業務アプリケーション)開発の一番の問題は、技術ではなく組織的な部分だという話を聞いた。但し、Web的なデザイナとエンジニアという二極ではなく、クライアント/サーバ(C/S)システム的なクライアントエンジニアとサーバエンジニアという二極での話。とにかくその二極の人間達では、物事の考え方も、話す言葉も違う。なので、円滑なプロジェクト進行をすることが難しい、面倒だ、と。

その講演者の結論は、ならば一極集中型にすればよいというものだった。クライアント(基本的にPC)側の殆どの機能に、サーバエンジニアが理解でき記述できる技術(基本的にはJava)を使えば良い。そうすると、組織としてはサーバ側のチームだけで開発が進められる。つまりはチームとしてのまとまりが良くなり、問題が起こっても直ぐに対応できる。それがハッピーだ、と。

例えばFlashが良い例かもしれない。Flashがシステムインテグレータ(SIer)に浸透しないのは、同じ考え方に根ざしている。Flash/ActionScriptはSIerの標準的な開発工程管理手法との接点がまだ見えていない。タイムラインの概念も憶えなければならないし、そもそもが「体験を開発する」というコンセプトが馴染まないのである。技術的な問題以上に、人的或いは文化的な問題の方で敬遠されているように見える。Flashアプリケーションは、SIerにとって異文化/異民族なのだ。

単一民族的な組織で開発を進められることは、マネージメント的に考えると理想的な状況なのだと思う。仕事だけを見つめれば良い。仕様を担当者に割り振り、その一つ一つのタスクを管理していけば良い。担当者の個性や出自を考えるのは、最初の担当割振りの時だけで、その後はタスクの進捗度だけを見つめればよい。同じ言語文化を共有しているから話の通りも良い。生産性比較もし易いし、報告もしやすい。

しかし、その話を聞きながら、何かしっくりしない感覚が残る。Webサイト開発の歴史を思い出しながら、同じ技術的基盤を共有した者だけで作ってきたものが本当に良いサイト(Webアプリケーション)だったのだろうか。デザイナだけで作られたもの、エンジニアだけで作られたもの、クライアント(顧客)の発想だけで作られたもの、開発企業の発想だけで作られたもの。数少ない例外的「傑作」を除いて、歴史に名を残していない気がしてならない。

私にとって、Webは自分と違う「文化」に接する出入り口だった。それが「デザイン手法」であったり、「Java」であったり「育児」であったりする。自己流と異なる、見事な「技」に触れたとき、その通路であるWebに感謝し、のめりこんでいった。

自己流が全てではない、という「気付き」。もっと優れた道は必ずある、という発想の原点。Webは、それらを私が自惚れる度に示してくれる。自分とは異なる価値観に触れる楽しさを思い出させてくれる。

そう言った「場」を開発するチームが、単一民族で可能なのだろうか。ユーザビリティをカヴァーすることが、本当に同種の人間達だけで実現できるのか。今までのデザイナとエンジニアの確執を見てきている者にとって、それは「おとぎ話」に聞こえる。

技術は発想力をジャンプさせるものにもなるけれど、制限するものにもなる。Photoshopのように、今までシミュレーションできなかった画像処理を目の前で即座に試せるようになったときには、出来上がる作品が階段を一段上がったように感じる。しかし、皆が同じツールを使い始め、生産効率性云々と言い出すと、そのツールで出来ることをやろうと頭の中でブレーキが働く。

クライアント側でもサーバ側でも、偏った一部のグループが開発を進めると、どちらかというと後者のブレーキ現象の方が強く現れるのではないだろうか。単一の技術を中心に開発が進められると、評価軸がシンプルなので、どうしても開発生産性競争になりやすい。それは出来ることを出来るだけ早く、である。

Webはデータのやり取りだけをするアプリケーションではない。使う人を誘導する機能があってこそ活かされるものである。その「誘導」を、ナビゲーションといったり体験と呼んだりするのだが、それは本来、誘導される「人間」を理解していないと設計できるはずがない。技術者は時々忘れてしまうけれど、JavaよりもPhotoshopよりも、人間の方が奥が深い。そして、その深さは多様性があるが故だろう。

例えば、赤ん坊の「重み」は、一般の若い会社員男性には余り想像出来きない。生まれた時の 3Kg前後の重さが、親にとってどれほどの重みであるのか。大きくなる毎日でお母さんの腕にどれほどの負荷と喜びをかけているのか。そんなことが理解できるのは、実際に親になるなり、親戚の子供を抱いたり、それを喜ぶ友人に触れたり、今までにない経験や価値観に触れることを通してだ。

そして、そんな人達に響くWebサイトを作るには、そんな想いを知っていなければ設計できるはずがない。その知るべき知識の中で、サーバ技術等の占める割合は実はあまり大きくない。色んな人が居て、色んな感情がある、というのが最初の一歩だし、そうした異文化を自分の従来の価値観と整合性を取って行く舵取りが越えるべき壁だろう。そこを取り違えると、オシキセの嫌味な使われないシステムを作ることになる。

最近、もう一度Webのことを考え直そうとしている。その中で感じていることは、やはりWebは「新しい分野」なのだということ。従来のどこにもなかったシステムやメディアの一つなんだろうと改めて感じている。

そして、新しいモノを古い評価軸の中でマネージメントしようとしているんじゃないかという疑問。C/Sシステムでは、同じ釜の飯を食った単一民族で開発するのが最良だったかもしれないし、それがマネージメントの要だったのかもしれない。でもWebは多民族(様々な技術背景を持った開発者)で作るべきかもしれないし、それが多様性を容認する基盤かもしれない。そして、その多民族を一つのゴールに向かわせるのがWeb的マネージメントなのかもしれない。

そして、それが唯一コンピュータに出来ないことじゃないのだろうか。進捗の数値管理位なら近々に人がやる必要がなくなるかもしれない。人間の気持ちを察しつつ開発を進めること。それはとてつもなく面倒な話だが、実はとてつもなくやりがいのある話でもある。せちがない世の中で、活気のある職場を作り出すこと。それは個々の管理職ができるプロジェクト?]ではないか。

Webの業界は、こうした層の育成を怠ってきた。事実上余力がなかったと言ってもよいだろう。でもすべきだった。おかげで優秀な現場技術者が幾ら居ても、破綻するプロジェクトが続いている。エンジニアとデザイナの確執を制御しなかった故に、互いに背を向ける領域が拡大してしまった。それが、クライアント(顧客)にも、ユーザにも機会損失を招いている。

「ガンジー」という映画の中で、異教徒を殺した人がガンジーに懺悔をするシーンがある。ガンジーはその人に親を殺された異教徒の孤児を探し、改宗を強制することなく育てろ、と諭す。宗教が生活の中で占める割合の高い地域である。スクリーンを見ながらその過酷さを想い息を呑んだ。

しかし、こうしたことが「共生」と「発展」への唯一の道なのかもしれない。様々な価値観がそのままの形で混在しながら、未来の方向を見つめて行く。そんな今までにないフロンティア。上手く回っているWeb開発現場の多様性許容ノウハウは、別の何かにもつながっていく気がしてならない。

以上。/mitsui

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コラム No. 78 https://kimi-chikai.jp/column-78/ Fri, 21 Jan 2005 04:25:40 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=110 イントラネット Webに惹かれていると公言して数年経つが、実を言うと個人的に一番好きなのは「イントラネット(イントラ)」の世界だ。世界中の様々な趣味や意見に触れることは、勿論楽しい。しかし、それらは自分の生活に直結はしていない。イントラが賢く鋭くなると、私の仕事は円滑になり、ストレスが減る分生活も潤う。 今は、Ridualの開発が実は主業務であるのだが、たとえそれに専念できているとしても、会社で働く以上何かしらの間接業務が発生する。それは、交通費申請であったり、勤怠管理だったり、そうした日常の細々した情報操作だ。開発業務や研究活動だけして、給料がもらえるような会社は多分ないだろう。 ■ 私は転職組で、複数の組織のカラーと仕組みを見てきている。年俸アップだけを見つめて移っていった訳でもないし、昭和初期生まれの父の世代からは、転職すること自体に眉をひそめられた。転職するたびに、「モラル」や「忠誠心」や、そもそも「会社って何?」等を考える機会を持ってきた。 「親方日の丸」や「よらば大樹」的な考え方が、儒教的な色彩も持って浸透しているのが従来型の「会社勤め」だったと思う。それに対して、私の世代の前後からは、「会社」を想う精神的な「量」が減ってきているのかもしれない。会社員生活だけが自分の生活の全てではないことを自覚していたし、会社も私の一生の面倒を見るほど人情味に溢れた場所でもなくなって来たからだ。 そんな状況の中で、自分を特定の会社に結びつけるものは何か。この問いの答えを未だ完全には見つけていないが、私にとってはイントラと関係がありそうだ。イントラの良し悪しが、「会社で居心地が良いか」と直結していると思えるからである。 ■ 今後もしも転職することになっても、私がやれることはWebに関係する業務しか事実上ありえない。他には能がない。この分野での自分からのアウトプットは自分を律するしかなく、自分自身でコントロールできるところだ。優れた人達から感化されることは多々あるけれど、誰かに依存する部分は少ない。 だとしたら、それに如何に集中できる環境であるかが、会社選びの要となる。それは私にとっては、申請処理などの日々の細々とした作業を如何に簡潔に行えるか、社内の情報共有がどれほどスムーズかにかかっている。福利厚生と同じくらいに、社内システムのIT化の度合は気になる。 複数の会社のシステムを実際に触り、時にはコンサル的な立場でクライアントのシステムを見せてもらったりもする。余り事例的に多くを見ているとは言えないだろうが、素晴らしいイントラのシステムに出会うことは極めて稀である。現場が悩むだろうとか、情報共有が進まないだろうなぁと容易に予想できるシステムがゴロゴロしている。 Webデザインが単なるグラフィックデザインではないと気が付いてから、インフォメーションアーキテクト(IA)の分野の仕事の比率は否が応でも増加する。そうした情報整理の目でイントラを見回すと、そこには広大なマーケットが存在していると感じている。更に魅力的に感じるのは、改善されると喜ぶ人達を身近に感じることが出来る領域だということだ。不特定多数への貢献も楽しいけれど、特定多数も捨てがたい。 ■ しかし、どうもイントラには、「釣った魚には餌をやるな」という風潮が、広がっているようだ。社内の情報システムへの投資を積極的に行なっているという話は余り聞かない。たまに雑誌で美談的に扱われているのを見ると、そうした風潮を逆説的に証明しているようにさえ感じる。 そうした美談の成功秘訣は、基本的には現場の声にどこまで従っているか、だ。偉そうな情報システム部門が「下」の者に作り与えるという形式での成功話は殆ど聞かなくなった。現場重視。その証拠に「パートのオバチャンが使い込めるかが、鍵でした」のような見出しが目に付く。 「上」の者が理屈で考えた理想論システムではなく、「現場」の声を重視した設計。理屈の上での効率化ではなく、現場のポテンシャルを現場自らが引き出せる効率化の路線。しかし、これこそがWebの特にB2Cの分野で繰り返し示されてきた教訓だ。とにかく現場(ユーザ)に聞け。 ■ Rich Internet Application(RIA)の芽が出始めたとき、多くの雑誌で特集されたのは、「クライアントサーバ(C/S)システムからWeb(HTML)システムにしたのは間違いだった、現場の効率が悪すぎる。RIAへの期待は高まるばかり」という結論だった。…

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イントラネット

Webに惹かれていると公言して数年経つが、実を言うと個人的に一番好きなのは「イントラネット(イントラ)」の世界だ。世界中の様々な趣味や意見に触れることは、勿論楽しい。しかし、それらは自分の生活に直結はしていない。イントラが賢く鋭くなると、私の仕事は円滑になり、ストレスが減る分生活も潤う。

今は、Ridualの開発が実は主業務であるのだが、たとえそれに専念できているとしても、会社で働く以上何かしらの間接業務が発生する。それは、交通費申請であったり、勤怠管理だったり、そうした日常の細々した情報操作だ。開発業務や研究活動だけして、給料がもらえるような会社は多分ないだろう。

私は転職組で、複数の組織のカラーと仕組みを見てきている。年俸アップだけを見つめて移っていった訳でもないし、昭和初期生まれの父の世代からは、転職すること自体に眉をひそめられた。転職するたびに、「モラル」や「忠誠心」や、そもそも「会社って何?」等を考える機会を持ってきた。

「親方日の丸」や「よらば大樹」的な考え方が、儒教的な色彩も持って浸透しているのが従来型の「会社勤め」だったと思う。それに対して、私の世代の前後からは、「会社」を想う精神的な「量」が減ってきているのかもしれない。会社員生活だけが自分の生活の全てではないことを自覚していたし、会社も私の一生の面倒を見るほど人情味に溢れた場所でもなくなって来たからだ。

そんな状況の中で、自分を特定の会社に結びつけるものは何か。この問いの答えを未だ完全には見つけていないが、私にとってはイントラと関係がありそうだ。イントラの良し悪しが、「会社で居心地が良いか」と直結していると思えるからである。

今後もしも転職することになっても、私がやれることはWebに関係する業務しか事実上ありえない。他には能がない。この分野での自分からのアウトプットは自分を律するしかなく、自分自身でコントロールできるところだ。優れた人達から感化されることは多々あるけれど、誰かに依存する部分は少ない。

だとしたら、それに如何に集中できる環境であるかが、会社選びの要となる。それは私にとっては、申請処理などの日々の細々とした作業を如何に簡潔に行えるか、社内の情報共有がどれほどスムーズかにかかっている。福利厚生と同じくらいに、社内システムのIT化の度合は気になる。

複数の会社のシステムを実際に触り、時にはコンサル的な立場でクライアントのシステムを見せてもらったりもする。余り事例的に多くを見ているとは言えないだろうが、素晴らしいイントラのシステムに出会うことは極めて稀である。現場が悩むだろうとか、情報共有が進まないだろうなぁと容易に予想できるシステムがゴロゴロしている。

Webデザインが単なるグラフィックデザインではないと気が付いてから、インフォメーションアーキテクト(IA)の分野の仕事の比率は否が応でも増加する。そうした情報整理の目でイントラを見回すと、そこには広大なマーケットが存在していると感じている。更に魅力的に感じるのは、改善されると喜ぶ人達を身近に感じることが出来る領域だということだ。不特定多数への貢献も楽しいけれど、特定多数も捨てがたい。

しかし、どうもイントラには、「釣った魚には餌をやるな」という風潮が、広がっているようだ。社内の情報システムへの投資を積極的に行なっているという話は余り聞かない。たまに雑誌で美談的に扱われているのを見ると、そうした風潮を逆説的に証明しているようにさえ感じる。

そうした美談の成功秘訣は、基本的には現場の声にどこまで従っているか、だ。偉そうな情報システム部門が「下」の者に作り与えるという形式での成功話は殆ど聞かなくなった。現場重視。その証拠に「パートのオバチャンが使い込めるかが、鍵でした」のような見出しが目に付く。

「上」の者が理屈で考えた理想論システムではなく、「現場」の声を重視した設計。理屈の上での効率化ではなく、現場のポテンシャルを現場自らが引き出せる効率化の路線。しかし、これこそがWebの特にB2Cの分野で繰り返し示されてきた教訓だ。とにかく現場(ユーザ)に聞け。

Rich Internet Application(RIA)の芽が出始めたとき、多くの雑誌で特集されたのは、「クライアントサーバ(C/S)システムからWeb(HTML)システムにしたのは間違いだった、現場の効率が悪すぎる。RIAへの期待は高まるばかり」という結論だった。

一見すると、HTMLが悪くてRIAが優れているように読める。しかし、本質はそうじゃない。HTMLシステムでは、現場の力を引き出せない分野に、HTMLを導入したことが間違いなのである。それはRIAにしたからといって解決される訳ではない話だ。技術の話ではない。現場をどう見ているかどうかの問題だ。

C/SからHTMLシステムへの移行は、更新と維持コストを背景に進められた。システム部門の都合で進められたと言っても良いだろう。しかし、現場の生産性が開発終了時点から問題となって行く。最早近視眼的なIT開発では会社をハッピーにするシステムは構築できない。最終的に会社としてのトータルな生産性を考慮して、システムが徐々に見直されている。

Blogやソーシャルネットワークサービス(SNS)は、隣席の社員よりも、もっと緊密な情報共有が可能な赤の他人を知り得ることを証明して見せた。社内他部署でどんなプロジェクトが進んでいるのか、誰が何に詳しいのかを、少ない労力で知り得る。そんな情報システムが構築できるのだ。

そんなイントラシステムが稼動し始めた時、その根本機動力は、BlogやSNSと同じように社員の好奇心だろう。何かを知りたい、誰かを知りたい。そんな興味がWebの世界を引っ張ってきた。それが社内に広がっていける。

これを会社への忠誠心と呼ばずになんと言うのだろう。決してナァナァの関係にならずに、会社の内に向かって伸びていく好奇心と、自分の専門性に集中できる環境、それをシェアできる情報システム。その品質がその会社から離れたくなさせる力になる。捨てるには惜しいと感じさせる。そして、その目に見えない力は、ネットに乗って広がり、そうした環境を好む優秀な人材を呼び寄せてくれるだろう。

先日見せてもらった某社のシステムには驚かされた。Windows 2000/XPマシンが標準端末であるにも拘わらず、XP端末から誰もが使う業務システムにアクセスすると、「Windows XPでの使用は推奨されていません、Windows 2000をお使い下さい」とJavaScriptが偉そうに語りかけてきた。

一人に2種の端末が提供されている職場ではない。自席で個人がその業務システムを操作することが業務効率が上昇すると考えられて導入されたシステムである。根本ポリシーが継承されていないシステム設計が実装されている。

イントラは、単一民族(社員のみ)が使用すると想定できるので、B2Cシステムのように様々なブラウザ依存性など検証せずに、IEを使えとか指示し易い。それは開発コストに直結する。その意味で特化した環境でシステム構築が進むのは理解できる。しかし、このメッセージには閉口した。XPユーザはどうすれば良いのだ? 逃げ口がない。

イントラを情報サービス業の出入り口だと認識するなら、利用者を門前払いするのは最後の手段である。それを何の思索も重ねずに断行している。余りに開発者中心の考え方に呆れてしまう。私には単なる怠慢にしか見えなかった。

更に心配なことがある。こうしたシステムを毎日見慣れている人達が、どんなシステムを作っていくのか、という点である。環境が人間に与える影響は大きい。毎日付き合うものならば影響力は絶大だ。怠慢は怠慢を呼び込んでいく。

単純な申請に数十分もかかるシステムや、逃げ口のないメッセージを出して平気なシステムに慣れきったシステムエンジニアは、多分同様の負荷を現場の人に押し付けても罪悪感も感じないだろう。私なら、そんなシステム屋に開発をお願いしたくない。金を払って、社員のストレスを上昇させるなんて、本末転倒である。ITは現場の効率を上げるために投資・導入されるものだ。

そんなシステムの改善案作成屋として呼ばれると、Webデザイナとして「使い易いデザイン」を要求される。しかし、見栄えの化粧直しで使い易さが作り出されると思っているとしたら、それは「情報」をなめている。もやは情報がビジネスの根幹になっている。見た目を赤から青に替えただけで操作性が上がったりしようはずがない。

本来使いにくいモノは、少々の飾りでは直せない。根本治療が必要になる。システム的な制限や、データベース(DB)構成上の話からではなく、ユーザビリティの観点から出発するイントラ開発。使われなければ意味がないという視点。

これから、このようなイントラの整備が水面下で進んでいくと思っている。そして、そうならなきゃ困る。その時には、多くのWebデザイナが、情報のデザインや、使い勝手のデザインを構築するためにDB設計にまで影響する力を持つようになるだろう。

「頼むから本質的な仕事をさせてくれ」、そんな声なき現場のニーズを「形」にする仕事。「デザイナ」という肩書きにこだわっているのは、そこに誇りを感じるからである。最近、Web業界の暗い面ばかりを考えてしまうが、先に広がる道も見えつつある。B2Cで鍛えられたノウハウが、廻り回って日常業務を支援する土台になって還ってきた。

以上。/mitsui

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コラム No. 77 https://kimi-chikai.jp/column-77/ Tue, 11 Jan 2005 04:25:01 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=108 Web開発の今後 Webデザイナという職種の地位を最近考える。バブル後半から崩壊期あたりに少しもてはやされた記憶があるが、それ以降余り脚光を浴びないものになって来ているような気がする。 その代わりに、扱う業務が増えている。Webデザインをやっていると言うために知っておくべき知識が増え続けている。しかもプロであると自覚する者ほど、高い壁に囲まれる。ユーザインターフェース(UI)デザインから、サーバサイド、データベース、セキュリティから法制度に至るまで、情報を扱うために知っておくべき全てのことを知っていると期待される。 ある意味で、「デザイン」が「グラフィックデザイン」から本来の「設計」を意味する言葉に変化してきていると言えるのかもしれない。多くのプロのWebデザイナが、その変化に追従し追い越そうとして多くの時間をかけている。 しかし、まだこの現状を理解している人がクライアントサイドには少ないのかもしれない。Webサイトの構築を頼まれてから、それに着手するまでに説明しなければならない事柄が減らない。まだまだWebサイトを構築すると言うことの意味が浸透していない。 ■ 誰もがこぞってWebサイトを作り始めた時、それは紙の会社案内をデジタル化しただけが主流だった。全世界に開かれた玄関を作りましょうという合言葉に、扇動された時代。けれど、ただ単に皆と同じに玄関を作っただけのところは、Webという海に埋没して行った。その玄関に、より先進的な「使い方」を付加したところだけが歴史に名を刻んだ。 次に、使い方にバリエーションが生まれてくる。情報提供だけではなく、Webアプリケーションとしての動き。商品の品揃えで勝負する方向性や、既存ブランド名を冠した大規模化の流れ。既存の市場を押さえ込む手法が至るところで適応された。大企業が、プライドにかけてWebに投資した。 しかし、結果は思ったようには付いて来なかった。Webは今までのコマーシャル界の常識では計れない魔物が住んでいる。それはTVのように受身で情報を受け取るしか道がない訳ではないという点だ。どんな有名な企業がサイトを作っても、ユーザは見向きもしないということが常識的に起こった。 更に、まだまだ回線の細さの影響を、サイト開発側が見積もれていなかった点も大きかった。どんなゴージャスな絵を配置しても、単なる絵を見るために数分間待ってくれるユーザはまだ育っていなかった。 そうこうしている内に、バブルがハジケて、思ったほどの効果の上がらないWebサイトは収束ラインに乗せられる。多くの投資をかけても効果の上がらなかったサイトが、予算削減の中で効果を高められるはずもなく、殆ど注目もされないまま、閉店通知メールが行きかった。 多くの既存有名大企業が手がけたWebサイトが閉鎖に追い込まれる中で、新興企業はユーザの動向を学び、素早く動き、改良に改良を重ねて地盤を固めていった。そして、2004年。この日本で、ネット系の野球のオーナー企業が誕生した。ネットがビジネスにならないと撤退した大企業はどんな想いで、このニュースに触れたのだろう。 余り報道も検証もされないが、撤退した企業やサイトには、何かが足りなかったのだ。新興企業が発展できるだけの土壌があったにも拘わらず、既存大企業が投資を繰り返したにも拘わらず、大手が敗退した。それは、先見性と投資に関わる分野であり、真の意味での「デザイン」と無関係ではない。どんな機能を実装すべきで、どこに投資すべきかを語るのがデザインなのだから。 ■ 多くのネット系企業が大きくなっているものの、取り残された分野がある。Webデザイナ業界。先述の多くの技術が必要な分野でありながら、頭の使い方次第では野球チームのオーナーになるポテンシャルを持つにも拘らず、予算が付かない分野。「Webをデザインする力」が正当な評価を受けていない。 Webデザインをやっています、と言っても通じない場合がまだ多い。ホームページを作ってます、と簡単な揶揄で説明すると、「ウチの娘もこの前作りましたよ」とか言われる。オリンピックレベルから、幼稚園生のカケッコまでが一つの言葉で語られる奇妙な世界がここにある。 「デザイン」をグラフィックデザインと同一視し、非論理的だという先入観だけで卑下する人達も未だ多い。特にエンジニアの中に多い。データベースからデータを抜き差しするだけでは、ユーザは魅力を感じてくれないことに未だ気が付かない。デザイナがデータを「使われる情報」の形まで昇華していることに目を向けない。使われる情報を設計するよりも、Javaを使える事が偉いと未だ思っている。ユーザは何で作られているのかなんて誰も見ていないのに。 開発という大きな仕事をした人達を扱うメディアにも問題を感じる。これほど多くの先人が自分のスキルを披露している分野があるだろうか。なのに情報提供した人が報われない。一度、寝ないで仕上げたサイトのノウハウを、雑誌の一特集の一部分として扱われた。挨拶もなく、正直食い物にされたと感じ不愉快だった。努力した人に敬意を払わずに、自誌の売上げだけを目指す。業界を育てる気が無いのかと疑った。 Webデザイナの仕事の何たるかを説明しないまま進んできたおかげで、Web屋はギリギリの予算で良いモノを提供させられている。知識のランクを示す言葉も存在しないし、何をデザインしているかも理解されない。アイデアもテクニックも自動販売機のように大量に引き出されて当然と思われている。多くの場面でディレクタ的存在が求められているにも拘わらず、メディアと学校から初心者だけが大量生産されている。予算の付かない現場は教育部門としては機能できない。それらが悪循環して、更なる低予算長時間労働で業界が疲弊している。 ■…

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Web開発の今後

Webデザイナという職種の地位を最近考える。バブル後半から崩壊期あたりに少しもてはやされた記憶があるが、それ以降余り脚光を浴びないものになって来ているような気がする。

その代わりに、扱う業務が増えている。Webデザインをやっていると言うために知っておくべき知識が増え続けている。しかもプロであると自覚する者ほど、高い壁に囲まれる。ユーザインターフェース(UI)デザインから、サーバサイド、データベース、セキュリティから法制度に至るまで、情報を扱うために知っておくべき全てのことを知っていると期待される。

ある意味で、「デザイン」が「グラフィックデザイン」から本来の「設計」を意味する言葉に変化してきていると言えるのかもしれない。多くのプロのWebデザイナが、その変化に追従し追い越そうとして多くの時間をかけている。

しかし、まだこの現状を理解している人がクライアントサイドには少ないのかもしれない。Webサイトの構築を頼まれてから、それに着手するまでに説明しなければならない事柄が減らない。まだまだWebサイトを構築すると言うことの意味が浸透していない。

誰もがこぞってWebサイトを作り始めた時、それは紙の会社案内をデジタル化しただけが主流だった。全世界に開かれた玄関を作りましょうという合言葉に、扇動された時代。けれど、ただ単に皆と同じに玄関を作っただけのところは、Webという海に埋没して行った。その玄関に、より先進的な「使い方」を付加したところだけが歴史に名を刻んだ。

次に、使い方にバリエーションが生まれてくる。情報提供だけではなく、Webアプリケーションとしての動き。商品の品揃えで勝負する方向性や、既存ブランド名を冠した大規模化の流れ。既存の市場を押さえ込む手法が至るところで適応された。大企業が、プライドにかけてWebに投資した。

しかし、結果は思ったようには付いて来なかった。Webは今までのコマーシャル界の常識では計れない魔物が住んでいる。それはTVのように受身で情報を受け取るしか道がない訳ではないという点だ。どんな有名な企業がサイトを作っても、ユーザは見向きもしないということが常識的に起こった。

更に、まだまだ回線の細さの影響を、サイト開発側が見積もれていなかった点も大きかった。どんなゴージャスな絵を配置しても、単なる絵を見るために数分間待ってくれるユーザはまだ育っていなかった。

そうこうしている内に、バブルがハジケて、思ったほどの効果の上がらないWebサイトは収束ラインに乗せられる。多くの投資をかけても効果の上がらなかったサイトが、予算削減の中で効果を高められるはずもなく、殆ど注目もされないまま、閉店通知メールが行きかった。

多くの既存有名大企業が手がけたWebサイトが閉鎖に追い込まれる中で、新興企業はユーザの動向を学び、素早く動き、改良に改良を重ねて地盤を固めていった。そして、2004年。この日本で、ネット系の野球のオーナー企業が誕生した。ネットがビジネスにならないと撤退した大企業はどんな想いで、このニュースに触れたのだろう。

余り報道も検証もされないが、撤退した企業やサイトには、何かが足りなかったのだ。新興企業が発展できるだけの土壌があったにも拘わらず、既存大企業が投資を繰り返したにも拘わらず、大手が敗退した。それは、先見性と投資に関わる分野であり、真の意味での「デザイン」と無関係ではない。どんな機能を実装すべきで、どこに投資すべきかを語るのがデザインなのだから。

多くのネット系企業が大きくなっているものの、取り残された分野がある。Webデザイナ業界。先述の多くの技術が必要な分野でありながら、頭の使い方次第では野球チームのオーナーになるポテンシャルを持つにも拘らず、予算が付かない分野。「Webをデザインする力」が正当な評価を受けていない。

Webデザインをやっています、と言っても通じない場合がまだ多い。ホームページを作ってます、と簡単な揶揄で説明すると、「ウチの娘もこの前作りましたよ」とか言われる。オリンピックレベルから、幼稚園生のカケッコまでが一つの言葉で語られる奇妙な世界がここにある。

「デザイン」をグラフィックデザインと同一視し、非論理的だという先入観だけで卑下する人達も未だ多い。特にエンジニアの中に多い。データベースからデータを抜き差しするだけでは、ユーザは魅力を感じてくれないことに未だ気が付かない。デザイナがデータを「使われる情報」の形まで昇華していることに目を向けない。使われる情報を設計するよりも、Javaを使える事が偉いと未だ思っている。ユーザは何で作られているのかなんて誰も見ていないのに。

開発という大きな仕事をした人達を扱うメディアにも問題を感じる。これほど多くの先人が自分のスキルを披露している分野があるだろうか。なのに情報提供した人が報われない。一度、寝ないで仕上げたサイトのノウハウを、雑誌の一特集の一部分として扱われた。挨拶もなく、正直食い物にされたと感じ不愉快だった。努力した人に敬意を払わずに、自誌の売上げだけを目指す。業界を育てる気が無いのかと疑った。

Webデザイナの仕事の何たるかを説明しないまま進んできたおかげで、Web屋はギリギリの予算で良いモノを提供させられている。知識のランクを示す言葉も存在しないし、何をデザインしているかも理解されない。アイデアもテクニックも自動販売機のように大量に引き出されて当然と思われている。多くの場面でディレクタ的存在が求められているにも拘わらず、メディアと学校から初心者だけが大量生産されている。予算の付かない現場は教育部門としては機能できない。それらが悪循環して、更なる低予算長時間労働で業界が疲弊している。

予算について言えば、Webの世界はかなり奇妙な構造になっている。最初に提案を出させられる事が多いが、実はそこが一番クリエイティブで知識集約的な作業である。そして予算を確定して、その後に詳細設計をする際に、どんどんと機能追加が行なわれる。しかしリリース日は確定していて動かせない。走り出したWebプロジェクトを止める事は難しく、結局のところ予算超過部分を個々人の生活を犠牲にして受けざるを得ない。

こんな買物は他にない。システム開発も似たような側面を持つが、機能追加の揺れ幅が異なるように感じる。それはシステム開発がUIの部分を余り考慮せずに進めてきたからであろう。イントラ系のように、多少使い勝手が悪かろうと、使えと指示すれば使い続ける従順なユーザを想定していたためである。しかし、Web、特にB2Cは違う。そしてその変化はB2BやinBの分野にも広がっている。

だからそろそろ予算の立て方、逆に見えれば見積もりの立て方も考え直した方が良い時期になってきたのかもしれない。機能と予算の関係を、客観的に見つめる方法が必要なのではないだろうか。

例えば、100万円の車を買うときに、75万円しかないと値引き交渉する人はいない。仮に、3/4の予算だからといってタイヤ3つ分を購入することが出来たとしても、四輪でデザインされた車が、3/4の機能を発揮するはずはない。75万円の価格帯の車を選ばざるを得ない。

Webサイトのデザインを考える時、Webデザイナは恐らく誰でも、最良のサービス提供が出来る形を想像する。それが予算と合わないとき、本来ならば予算額を聞いてからそれで出来ることをデザインし直すべきなのだろう。ちょうど車が価格帯や嗜好帯(?)が細かく分かれて作られているように、一つ下のレベルの提案を持っていくべきなのだ。

歴史と記憶に残るWebサイトの裏には、過激なまでの提案(多くは業務改革に近いもの)をしたWeb屋と、その提案を受けた担当者が共鳴して、必死で予算を確保するというドラマが、数多くある。上のレベルの提案を実行したければ、上のレベルの予算が必要なのである。そして、歴史に残るサイトは、そうしたサイトだけだ。皆と同じ予算で同じことをやっていて名を残すことはできない。

Webサイトデザインの面白いところは、提案をしてくれと頼まれて、思いっきり夢を膨らましてサービスを考えることが出来る点だと思う。ここの商品を見てもらうにはどんなUIがあれば良いのかを考える時、それが醍醐味だし一番楽しい。そして、かなり予算をオーバーしたプランだと自覚していても、クライアントに受け入れてもらえる時がある。一緒に走れた時の喜びは大きい。それを一度でも経験してしまったら、予算額ギリギリの夢のないプランは持っては行けない。

今、Webに関わる人達は価格競争に入る余力はないと思う。人情系が無視できないのは知っているが、正当な報酬はちゃんと確保すべきだという、当たり前の結論に漸く辿り着いている。兎に角、相手にする技術知識が膨大すぎる。クライアントを満足させたければ、相当量の技術吸収が必須なのである。逆に様々な技術があやふやだと、クライアントに迷惑をかける可能性が高まってきている。

そして、もしもそうした事態が起こった場合、小さなWeb屋では対応が出来なくなる可能性だってある。例えば100万で開発を受けたが、そのシステムで毎月1億のお金を扱うとする。そこでバグがあって業務を数時間でも止めなけばならなくなった場合、その時の保証はどうするのか。全てその開発担当のWeb屋の責任なのだろうか。契約上はそうかもしれないが、個人的には疑問が残る。

これも余り注目されなかったが、先月経済産業省がIEでしか見れないサイトは不適切であるとコメントした。この一言は、多大なブラウザ依存性テストが必要であると言っていることに等しい。これだけで、Web屋の責任は何割か増加した。しかし予算が増える兆候は見えない。

車の場合、高級車であれば走行テストや衝突試験等の性能テストや安全性の確保に対して相当の手間暇をかけている。それがあるから高いのであり、車業界には新規参入が難しいと言われる。弱小企業は既定の数の車の衝突試験が出来ないからである。何かを保証するということは、それだけ価格に跳ね返るのが常識なのである。

そう考えると、Web開発も扱う金額に対して比例する保証サービス的なものに変わっていくべきなのかもしれない。もはや車のように直接人命に関わるものと、Webのように情報の形をした金銭を扱うものとに、実質的な差はないだろう。慎重を期す必要は共通している。

初期開発費と、扱う金額に比例したメンテナンス費が保証されるのならば、Web屋の責任は拡大するが、その分地位も向上するだろう。必然的にかなり専属的にお付き合いをするので、提供できるサービスの質も向上するだろう。逆に取扱額に比べて過小な開発費しか出さないクライアントは、そのサービスに対する責任を放棄しているとさえ見なせる。恐らくそのクライアントに付き合うWeb屋を探すコストが増大し、ユーザの視線も冷めるだろう。

きちんとしたWebサイトを構築するためには、きちんとした環境が必要である。特に、ここまでBlogが一般的になり、単なる情報共有型サイトが手軽に構築できる時代になったからには、それ以外のサイトには「機能」が要求される。それなりのサイトを作るには高度な技術的基盤と先見性と人間(ユーザ)への洞察が必須だ。

もはや趣味的な延長線や個人プレーでは作り得ない領域に入っている。きちんと分業体制の組める知識集約型の組織が必須だ。F1レーサが自分のマシンに二流の部品を使うだろうか。そこでケチってレースで負けたら何の意味もない。先進的Web屋のいる世界は、今後そうした業界になっていくだろう。

革新的なことをWebでやりたくなったクライアントが現れた時、どこにもそんな体力がありませんというのでは時代が動かない。その損失の大きさは計り知れない。そのためにも今ある優秀なWeb屋がきちんと生き残っていける仕組みが不可欠になって来ている。

優秀な人材が継続して流れ込んでこれるような業界。Webが本来持っているポテンシャルを、より大きくしていく活動が必要になってきている。もはや数社のWeb屋が潤っているだけでは、そうした人材流入が起こらない気がする。業界全体として何か手を打たなければ。

Ridualの次期版の構想を練りながら、ツールに留まらない動きが必要だと思ってきている。そんな話をRidualを肴に色々な方と話し始めている。まだまだ有志の間の情熱論議に過ぎないかもしれないけれど、互いからの感化と共感の輪が広がって行っている気がする。2005年が、何かが変わり始めた年と評価されるようになって欲しい。

以上。/mitsui

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コラム No. 76 https://kimi-chikai.jp/column-76/ Mon, 20 Dec 2004 04:22:45 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=106 クリスマス もう何年も前の作品だけれど、「おやこ刑事(デカ)」(大島やすいち/林律雄)というマンガが好きだった。幾つもの輝く短編の中で、クリスマスの話を未だに思い出す時がある。デカ仲間で、プレゼントに何をもらったかを語る場面。 一癖も二癖もあるデカ仲間が昔の思い出を順々に話す。子馬をもらったというご令嬢のあとに、主人公の「文吾」が父親から将棋を教えてもらったという話をする。文吾は父子家庭で、クリスマスの朝に、刑事である父とプレゼントの約束をする。早く帰ると約束した父は文吾が寝てから家に辿り着く。足音を忍ばせて部屋に入っ行く途中で約束を思い出す。 文吾が起きる。父は謝るしかない。困った父を前に、文吾が将棋台を運んでくる。形のない大切なプレゼントを受け取った話を文吾が語る。下町の警察署が舞台。その話を聞くデカ仲間の全員がしんみり暖かくなる。その夜も、現職のデカである父は息を白ませながら張り込みをしている。 ■ そんな話に共感を感じるような環境で育ってきた。でも、もっと暖かな家庭を目指したいと思ってきた。でも気がつけば、いつも深夜帰りになっている。今更ながら気が付く。息子も娘も大切な時期を過ごしている。私は、父親デカ程に、何かをこの子達に手渡せているのかと。 積極的に子供たちに何かを教えていたのは、少し前の三年間。当時私は所属するキリスト教会の日曜学校の先生をしていた。始まった時は、生徒が五人。そのうち我が子が二人。毎週日曜日、礼拝が始まる前の三十分、ミニ礼拝という形で聖書を一緒に学ぶ。 実を言うと、私のプレゼンのスタイルはこの時の経験から生まれた。Flashで描いた紙芝居を前に熱っぽく語るスタイル。大抵は土曜日の昼頃から、何をどう語ろうかを練っていき、夜にタブレットを使って絵を描き始める。出来上がるのは、深夜から早朝。三人の先生で持ち回りをしたので三週に一回、そんな生活を送る。きつかったけれど、場が与えられていたから続けられた。 プレゼンを指導してくれるのは、牧師ではない。目の前に居る子供たち。子供たちは残酷だ。興味を感じなければ何も耳に入れない。セミナーで眠られるよりも、目も前で鼻をほじられる方がこたえる。「あー、つまんない!」叫びだす子も居る。授業参観でも知っているが、子供たちは大人の話を聞くことに何の敬意も払わない。プレゼンの練習をする場としてこれほど効果的な場はない。 幸いFlashプレゼンは子供たちには受けた。とは言っても、語る内容は聖書の話である。誤解している人が多いと思うが、聖書は信仰心篤い善良な人達の話ではない。基本的に神に背を向けた人達の苦悩の歴史である。そもそも子供たちが喜んで聞く題材ではない。でも、当初の五人が三年間の間に十人強になり、何人かの親まで参加するようになった。 平日我が子と接する時間は取れなかったが、自分の子供も含めた集団に接する親の姿を見せれたのは良かったように思う。生活の主軸を「仮想」に置いているがこそ、リアルな子供たちとの接点は大きな支えになった。 そして、子供たちばかりではない。教会という場所は、規模の大小に関わらず、大抵がまさに老若男女が集う場であることが多い。赤ん坊からご老人までいる空間は、独りよがりのユーザビリティ感覚を壊してくれる場でもあった。年齢幅を考えると、文字や言葉の認識も、食事についても、ゲームにしても、一つの形で全員が満足することはまず在り得ない。それが目の当たりにできる。私はWebに適応可能な多くのことを教会で学んでいる。 ■ それにしても、世界中の人が一人の男の誕生と死の場面を漠然と知っている。不思議な話だと思う。イエス・キリスト。信仰の有無も含めてその捉え方は様々だし、クリスマス自体も商業主義的な色彩が強まってはいるが、何かしら人の気持ちを潤す響きは失わない。 「人を殺すなかれ」、神が人に示した戒めの最初の言葉。その言葉の書を引用して戦争が開始され、殺戮は止まない。宗教という言葉でくくられた政治が立ち往生している。信仰、自分の心の中心に何を置くのか、2004年はそれらが厳しく試されたように感じる。それでも、この時期のケバケバしいネオンの下でさえ、クリスマスに、何かしら人の気持ちを潤す響きは失われていない。 クリスマスが12月とされたのは、本人の誕生から随分と経ってからのようだ。冬至という夜が最も長い日、翌日から陽の照る時間が徐々に延びる日。闇が次第に追いやられて行き始める日。それがイエスの誕生日に相応しいとされた。 誕生はこの世で一番みすぼらしい場所。馬小屋はともかくとして、最初に置かれた場所は、飼い葉桶。餌の入れ物である。出産を経験したり立ち会ったことがあるならば、それがどれほど非常識かが分かる。同時に、そこに入れざるを得なかった両親の痛みも。神の子が、神々しい光と共に天井に降り立つのではなく、この世で一番底辺に現れた。しかも、赤子という一番非力な姿で。 クリスマスという言葉の神聖さは、光り輝く神々しさではなく、闇の中にかすかに一つ灯ったキャンドルのような光に感じる。そして、それは、マリヤとヨセフという、これもまた恵まれているとは言い難い二人が、喜びながら赤子を授かるという場面に集約されている。 普通の家族の営み。普通の家族の喜び。その「型」がここにある。苦しさの中にあってさえ、馬小屋で生まれた子供を想うと、その子の祝福を願いたくなる。同時に、こんな自分でさえ祝福に預かれる、預かって良いのだと思える。教会学校で子供たちに伝えることの大半は、ここにある。あなたは愛されていますよ。こんな赤面するような台詞を大真面目に語れる場は他に思い当たらない。 ■…

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クリスマス

もう何年も前の作品だけれど、「おやこ刑事(デカ)」(大島やすいち/林律雄)というマンガが好きだった。幾つもの輝く短編の中で、クリスマスの話を未だに思い出す時がある。デカ仲間で、プレゼントに何をもらったかを語る場面。

一癖も二癖もあるデカ仲間が昔の思い出を順々に話す。子馬をもらったというご令嬢のあとに、主人公の「文吾」が父親から将棋を教えてもらったという話をする。文吾は父子家庭で、クリスマスの朝に、刑事である父とプレゼントの約束をする。早く帰ると約束した父は文吾が寝てから家に辿り着く。足音を忍ばせて部屋に入っ行く途中で約束を思い出す。

文吾が起きる。父は謝るしかない。困った父を前に、文吾が将棋台を運んでくる。形のない大切なプレゼントを受け取った話を文吾が語る。下町の警察署が舞台。その話を聞くデカ仲間の全員がしんみり暖かくなる。その夜も、現職のデカである父は息を白ませながら張り込みをしている。

そんな話に共感を感じるような環境で育ってきた。でも、もっと暖かな家庭を目指したいと思ってきた。でも気がつけば、いつも深夜帰りになっている。今更ながら気が付く。息子も娘も大切な時期を過ごしている。私は、父親デカ程に、何かをこの子達に手渡せているのかと。

積極的に子供たちに何かを教えていたのは、少し前の三年間。当時私は所属するキリスト教会の日曜学校の先生をしていた。始まった時は、生徒が五人。そのうち我が子が二人。毎週日曜日、礼拝が始まる前の三十分、ミニ礼拝という形で聖書を一緒に学ぶ。

実を言うと、私のプレゼンのスタイルはこの時の経験から生まれた。Flashで描いた紙芝居を前に熱っぽく語るスタイル。大抵は土曜日の昼頃から、何をどう語ろうかを練っていき、夜にタブレットを使って絵を描き始める。出来上がるのは、深夜から早朝。三人の先生で持ち回りをしたので三週に一回、そんな生活を送る。きつかったけれど、場が与えられていたから続けられた。

プレゼンを指導してくれるのは、牧師ではない。目の前に居る子供たち。子供たちは残酷だ。興味を感じなければ何も耳に入れない。セミナーで眠られるよりも、目も前で鼻をほじられる方がこたえる。「あー、つまんない!」叫びだす子も居る。授業参観でも知っているが、子供たちは大人の話を聞くことに何の敬意も払わない。プレゼンの練習をする場としてこれほど効果的な場はない。

幸いFlashプレゼンは子供たちには受けた。とは言っても、語る内容は聖書の話である。誤解している人が多いと思うが、聖書は信仰心篤い善良な人達の話ではない。基本的に神に背を向けた人達の苦悩の歴史である。そもそも子供たちが喜んで聞く題材ではない。でも、当初の五人が三年間の間に十人強になり、何人かの親まで参加するようになった。

平日我が子と接する時間は取れなかったが、自分の子供も含めた集団に接する親の姿を見せれたのは良かったように思う。生活の主軸を「仮想」に置いているがこそ、リアルな子供たちとの接点は大きな支えになった。

そして、子供たちばかりではない。教会という場所は、規模の大小に関わらず、大抵がまさに老若男女が集う場であることが多い。赤ん坊からご老人までいる空間は、独りよがりのユーザビリティ感覚を壊してくれる場でもあった。年齢幅を考えると、文字や言葉の認識も、食事についても、ゲームにしても、一つの形で全員が満足することはまず在り得ない。それが目の当たりにできる。私はWebに適応可能な多くのことを教会で学んでいる。

それにしても、世界中の人が一人の男の誕生と死の場面を漠然と知っている。不思議な話だと思う。イエス・キリスト。信仰の有無も含めてその捉え方は様々だし、クリスマス自体も商業主義的な色彩が強まってはいるが、何かしら人の気持ちを潤す響きは失わない。

「人を殺すなかれ」、神が人に示した戒めの最初の言葉。その言葉の書を引用して戦争が開始され、殺戮は止まない。宗教という言葉でくくられた政治が立ち往生している。信仰、自分の心の中心に何を置くのか、2004年はそれらが厳しく試されたように感じる。それでも、この時期のケバケバしいネオンの下でさえ、クリスマスに、何かしら人の気持ちを潤す響きは失われていない。

クリスマスが12月とされたのは、本人の誕生から随分と経ってからのようだ。冬至という夜が最も長い日、翌日から陽の照る時間が徐々に延びる日。闇が次第に追いやられて行き始める日。それがイエスの誕生日に相応しいとされた。

誕生はこの世で一番みすぼらしい場所。馬小屋はともかくとして、最初に置かれた場所は、飼い葉桶。餌の入れ物である。出産を経験したり立ち会ったことがあるならば、それがどれほど非常識かが分かる。同時に、そこに入れざるを得なかった両親の痛みも。神の子が、神々しい光と共に天井に降り立つのではなく、この世で一番底辺に現れた。しかも、赤子という一番非力な姿で。

クリスマスという言葉の神聖さは、光り輝く神々しさではなく、闇の中にかすかに一つ灯ったキャンドルのような光に感じる。そして、それは、マリヤとヨセフという、これもまた恵まれているとは言い難い二人が、喜びながら赤子を授かるという場面に集約されている。

普通の家族の営み。普通の家族の喜び。その「型」がここにある。苦しさの中にあってさえ、馬小屋で生まれた子供を想うと、その子の祝福を願いたくなる。同時に、こんな自分でさえ祝福に預かれる、預かって良いのだと思える。教会学校で子供たちに伝えることの大半は、ここにある。あなたは愛されていますよ。こんな赤面するような台詞を大真面目に語れる場は他に思い当たらない。

最近、Web業界従事者の生活の悲惨さを聞く場面が増えてきた。私の関心がそこにあるからなのかもしれない。大方の人が「インターネット=Web=ホームページ」と思っている気がするにも関わらず、世間一般が「インターネット」と聞いてイメージする華やかさはない。深夜まで働き、体を壊し、入院し、退職する。「もう続けられない」。Web大好きな人達のそんな話がゴロゴロしている。

せめて、クリスマスの季節にもう一度、自分の普通の生活を考え直したい。何が苦しめているのか、何が長時間労働につながっているのか。何かがずれている。

先週、私の14回目の洗礼記念日に娘がカードをくれた。「パパ、おめでとう」。私は歴史に残るWebサイトを作って来た訳でも、革新的な技術を練り上げて来た訳でもないけれど、こんなところまで来てしまっている。目頭が熱くなる。クリスマスは家族で夕食を共にしよう。

重い話になりましたが、皆様も良き聖夜を。

以上。/mitsui

ps.

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コラム No. 75 https://kimi-chikai.jp/column-75/ Mon, 13 Dec 2004 04:21:50 +0000 http://kimi-chikai.jp/?p=104 もてなしと配慮 RIA(Rich Internet Application)システムを提案・設計する時、「おもてなし」という言葉が殆ど常に目の前に現れる。お客さんが何かを探す時さりげなく支えるような、どこか心憎いと言われるようなサービス。それをアプリケーションで作ろうとする。 オンラインで買物等をする「ユーザ層」は確実に広まっていて、しかもそれが常識的な行動になりつつあるディープ層も確実に膨らんでいる。セキュリティ等をまだ使う側も気にしなければならないとは思うけれど、実際に足を運んだり、電話をして注文することすら、少し億劫だという空気は出始めている。 いくつものオンラインショッピングサイトでの経験を重ねながら、どんな購入方法が便利かとか、どんな時にどこのサービスを活用すべきかが、一部の業界人以外にも、見えてきている。そして、必然的に、情報を得る場所と、購入をする場所との棲み分けもはっきりとしてきたように感じる。 利用者に馴染みの店ができてきた状態で、新規に店を出すのなら、既存顧客を振り向かせる「何か」を用意しなければならない。先ずはプレゼント。そして、手数料とか送料など直接的なもの。会員特典やポイントも有効だ。でも、それらだけでは長続きしなくなって来た。そうした作られた魅力が色褪せてきている。当たり前になって来たといっても良い。長く使い続けるには「使い勝手の良い」環境の大切さを、ユーザ自身が見始めている。 ■ ユーザビリティ。使い勝手。長い間、定量的に証明しなければ、実装予算を確保できなかった分野に明かりが差して来ているのかもしれない。未だに、Webデザインが見栄えを中心とした「お化粧直し」と思っている層に、実は「サービスのデザイン」をしていたことをユーザ動向が示し始めている。 「格好良い店」でショッピングをしたい人達もあるだろうが、多くは「便利な店」で買物をしたがっている。その問われている「便利さ」の定義が膨らんでいて、その実装方法も拡大してきている。RIAはその最先端に位置しているように思う。 誰かが何かを買うときに、何を便利とするのか。それがどれくらい複雑なものかは、実店舗に数時間も座っていれば分かる。土地柄もあれば、趣味もある、個人差も性差もあるだろう。優れた店員は、顧客の容貌を見て、何らかの判断をし、適したモテナシを選んでする。人間の対応能力の幅の広さだ。 それを相手が誰であるかも告げられないWebアプリケーションが代行しようとしている。見た目には、ドラッグ&ドロップで商品が選べたり、商品比較が一目でできたり、少し派手目な「機能」に注目が集る。しかし、その設計思想の根底には、「おぉよく気が付くじゃないか」とか「なかなか察しが良いねぇ」とモニターの前ですら言葉にしないような褒め言葉を狙うような洞察がある。 人がある特定の情報や商品を選ぶ時、どんな行動を取るのか。紙に書き出す、冊子のページに付箋を貼る。比較表を作る。友達とワイワイ議論する。そんな一つ一つの行動を頭に浮かべて、Webデザイナは一つ一つの「機能」に分割する。多くの分割された「機能」は最早技術的に実装可能なところまで来ている。絵の具を選び重ね絵を描くように、個々の機能を丁寧に並べ、つなぎ目が見えないように縫い合わせ、一個のWebアプリケーションの形をした「サービス」に仕立て上げる。 勿論、これらはRIAシステムでなければできない話じゃない。HTMLだけでも、昔から成されて来た道だ。優れたサイトはそうできていた。ユーザをそれとは気付かせないで満足という出口に導く見えない導線。それに感動したし、憧れた。それが、針と糸しかなかった時代から、機能的なハサミやミシンを駆使できる時代になっただけで、仕立て屋さんの気概に変化はない。 ■ でも、ふと立ち止まると、実生活で「おもてなし」の根底の「配慮」に触れることが減ってきている。笑いながら割り込み乗車をする人。降りる人を掻き分けて先に電車に乗り込む人。自動改札機の前まで来て立ち止まって切符を探す人。狭い道を数人で横に広がって道をふさいで歩いていく人達。10メートル先の人に話しているのかと思うほどの大声で携帯で馬鹿笑いする人達。この時代になっても、廻りに霞がかかっている程に煙草を路上で吸う人達。 私自身たいして礼儀正しい訳ではないが、以前は少し考えれば避けて当たり前のことばかりだ。心を配ること自体が退行している。或いは、そんな余裕もなく生活に流されている。日本人の奥ゆかしさはおとぎ話のファンタジーにさえ思ってしまう。 こんな時代に、次のWebデザイナを目指す人達を心配する。ちょっとした気遣いも減っていく実生活の上で、「おもてなし」をデザインして行くのだ。厳しい道のりだと思う。強靭な自己と理想と夢がなくてはやって行けない。 ■ 先日セミナーで聞いた話だが、米国では4年前の大統領選の時から選挙をより民主的に行なう活動が政府主導の下で行なわれているそうだ。その活動の一つは投票所のユーザビリティを向上させるという形で進められている。その業務を請け負ったのは、コンサルタント屋さんではなく、Webデザイン屋さんだったとのこと。…

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もてなしと配慮

RIA(Rich Internet Application)システムを提案・設計する時、「おもてなし」という言葉が殆ど常に目の前に現れる。お客さんが何かを探す時さりげなく支えるような、どこか心憎いと言われるようなサービス。それをアプリケーションで作ろうとする。

オンラインで買物等をする「ユーザ層」は確実に広まっていて、しかもそれが常識的な行動になりつつあるディープ層も確実に膨らんでいる。セキュリティ等をまだ使う側も気にしなければならないとは思うけれど、実際に足を運んだり、電話をして注文することすら、少し億劫だという空気は出始めている。

いくつものオンラインショッピングサイトでの経験を重ねながら、どんな購入方法が便利かとか、どんな時にどこのサービスを活用すべきかが、一部の業界人以外にも、見えてきている。そして、必然的に、情報を得る場所と、購入をする場所との棲み分けもはっきりとしてきたように感じる。

利用者に馴染みの店ができてきた状態で、新規に店を出すのなら、既存顧客を振り向かせる「何か」を用意しなければならない。先ずはプレゼント。そして、手数料とか送料など直接的なもの。会員特典やポイントも有効だ。でも、それらだけでは長続きしなくなって来た。そうした作られた魅力が色褪せてきている。当たり前になって来たといっても良い。長く使い続けるには「使い勝手の良い」環境の大切さを、ユーザ自身が見始めている。

ユーザビリティ。使い勝手。長い間、定量的に証明しなければ、実装予算を確保できなかった分野に明かりが差して来ているのかもしれない。未だに、Webデザインが見栄えを中心とした「お化粧直し」と思っている層に、実は「サービスのデザイン」をしていたことをユーザ動向が示し始めている。

「格好良い店」でショッピングをしたい人達もあるだろうが、多くは「便利な店」で買物をしたがっている。その問われている「便利さ」の定義が膨らんでいて、その実装方法も拡大してきている。RIAはその最先端に位置しているように思う。

誰かが何かを買うときに、何を便利とするのか。それがどれくらい複雑なものかは、実店舗に数時間も座っていれば分かる。土地柄もあれば、趣味もある、個人差も性差もあるだろう。優れた店員は、顧客の容貌を見て、何らかの判断をし、適したモテナシを選んでする。人間の対応能力の幅の広さだ。

それを相手が誰であるかも告げられないWebアプリケーションが代行しようとしている。見た目には、ドラッグ&ドロップで商品が選べたり、商品比較が一目でできたり、少し派手目な「機能」に注目が集る。しかし、その設計思想の根底には、「おぉよく気が付くじゃないか」とか「なかなか察しが良いねぇ」とモニターの前ですら言葉にしないような褒め言葉を狙うような洞察がある。

人がある特定の情報や商品を選ぶ時、どんな行動を取るのか。紙に書き出す、冊子のページに付箋を貼る。比較表を作る。友達とワイワイ議論する。そんな一つ一つの行動を頭に浮かべて、Webデザイナは一つ一つの「機能」に分割する。多くの分割された「機能」は最早技術的に実装可能なところまで来ている。絵の具を選び重ね絵を描くように、個々の機能を丁寧に並べ、つなぎ目が見えないように縫い合わせ、一個のWebアプリケーションの形をした「サービス」に仕立て上げる。

勿論、これらはRIAシステムでなければできない話じゃない。HTMLだけでも、昔から成されて来た道だ。優れたサイトはそうできていた。ユーザをそれとは気付かせないで満足という出口に導く見えない導線。それに感動したし、憧れた。それが、針と糸しかなかった時代から、機能的なハサミやミシンを駆使できる時代になっただけで、仕立て屋さんの気概に変化はない。

でも、ふと立ち止まると、実生活で「おもてなし」の根底の「配慮」に触れることが減ってきている。笑いながら割り込み乗車をする人。降りる人を掻き分けて先に電車に乗り込む人。自動改札機の前まで来て立ち止まって切符を探す人。狭い道を数人で横に広がって道をふさいで歩いていく人達。10メートル先の人に話しているのかと思うほどの大声で携帯で馬鹿笑いする人達。この時代になっても、廻りに霞がかかっている程に煙草を路上で吸う人達。

私自身たいして礼儀正しい訳ではないが、以前は少し考えれば避けて当たり前のことばかりだ。心を配ること自体が退行している。或いは、そんな余裕もなく生活に流されている。日本人の奥ゆかしさはおとぎ話のファンタジーにさえ思ってしまう。

こんな時代に、次のWebデザイナを目指す人達を心配する。ちょっとした気遣いも減っていく実生活の上で、「おもてなし」をデザインして行くのだ。厳しい道のりだと思う。強靭な自己と理想と夢がなくてはやって行けない。

先日セミナーで聞いた話だが、米国では4年前の大統領選の時から選挙をより民主的に行なう活動が政府主導の下で行なわれているそうだ。その活動の一つは投票所のユーザビリティを向上させるという形で進められている。その業務を請け負ったのは、コンサルタント屋さんではなく、Webデザイン屋さんだったとのこと。

どの規模のWeb屋さんかは語られなかったけれど、作成したのは画面遷移図ではない。投票所にやってくる人達が、迷わずに自分の意思を投票できるような、会場デザイン図。投票所ガイドラインと呼ぶべきもので、今回の大統領選から一部活用されているそうだ。

なぜ、Web屋なのか。「最も人の動きを見ている業種だから」。米国政府の目の付け所は鋭い。唸ってしまう。海の向こうであることが悔しいが、見る人は見てくれている。近い将来日本でも、人の流れに関するサービス構築業として
多くのWeb屋が汗を流せる日が来るかもしれない。「もてなし」と「配慮」、その時には必須の感覚だ。

以上。/mitsui

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